【蓮×千歳B】 P:10


「…もういいじゃない。中学生になってまで、お父さんがいないと嫌だって言うつもり?」

 母に指摘され、虎臣はむすっとした顔で目の前のから揚げに箸を突き刺した。

「お行儀悪いわよ、トラ」
「ボク、反対」
「ちょっと、何言ってるの」
「反対だったら反対なのっ」

 駄々をこねるみたいな言葉を吐き出し、彼はから揚げを口に押し込んだ。

 理子の息子、虎臣は今年から中学二年生だ。彼は小学校に入ってすぐの頃、当時大学生だった千歳に「お父さんになって」と訴えた。
 千歳と理子が結婚を急いだのはやはり、虎臣のその発言が大きかっただろう。
 学生結婚なんてガラにもないことをした千歳の決断は、もともと縁遠い両親から表立って反対されはしなかったが、喜ばれもしなかった。
 二人の結婚式には理子の祖母と虎臣だけが列席し、ごく内密に行われたのだ。

 だからそれをまさか、蓮が知っているとは思わなくて。そのうち落ち着いて話せばいいと思っていたのに。

「…なんで知ってたんだろ、葛」

 千歳は重苦しい声で呟いた。
 地元の友人は誰も知らないはずの結婚を蓮が知っていた。それだけでも衝撃は大きいのだ。
 困った様子の千歳を、理子が再び笑みを浮かべて見つめる。

「そんなの、簡単よ」
「どういうこと?」
「葛くんがずっと千歳のことを気にしてたからに決まってるでしょ。しかも千歳の結婚がショックで、特定の相手を作らなかった。…どう?嬉しい?」

 きゅっと口の端を吊り上げて自分を見つめている理子が、面白がっているのを察して、千歳は肩を竦める。

「そんなわけないって。きっと岩橋編集長に聞いたんだ。…高校の親友だった葛が知らなくて、先週移動して出会ったばかりの編集長が知ってたんだから、葛が怒っても当然だよね…」
「つまらない結論」
「もう…面白がらないでよ」

 つまらない、と理子は言うが、千歳自身も自分が口にした結論に、寂しさを覚えてしまう。
 でもこれが、一番理にかなっていて、リアルだ。
 思わず何度目かのため息を吐いた千歳を見つめ、虎臣は眉を寄せた。

 お父さんになって、と千歳に訴えたのは今から7年前。あのときには自覚のなかった、幼い独占欲。
 中学生にもなれば、それがこの優しい人に対する淡い初恋なのだと、さすがに理解できている。

 虎臣にとって、両親が大親友だというだけの夫婦なのは好都合だ。いつか千歳を自分だけのものにする日まで、理子に預けておくつもりだったのに。事情が急展開すれば、焦りも覚えようというもの。