【蓮×千歳C】 P:05


 
 
 
 出来るだけなんでもない顔をしていようと努力するのだが、どうにも零れるため息を止められない。
 千歳が耐えかねて大きく息を吐くと、目の前に座っていた蓮が顔を上げた。

「気に入らないか」
「え?な、何が」
「原稿」
「ああ、そのゲラ?違うよ、僕は気に入ってる。葛はどうかな」
「そうだな…」

 千歳の態度を無理に追求はせず、蓮は手にしている昨日仕上がってきたばかりのゲラを、目の高さまで持ち上げた。

「いいんじゃないか」
「うん。良かった」
「多少色が気になるが、それはまだこれからだろ」
「そうだね。文章もいいけど、やっぱりメインは写真だと思うから。出来るだけ希望に添えるようにするよ」
「ああ。…でも、醍醐味だな」
「ん?」
「こうやって、データでしか見ていなかったものを、
誰より早く現物で手にする瞬間が。出版業界に携わる者の、醍醐味だと思わないか」

 蓮の言葉は、昨日まさに千歳が考えていたことだ。嬉しくなって朝からの騒動も忘れ、千歳は笑みを浮かべる。

「僕もそう思う。手に取るって、大事だよね。デジタルの方が便利だけど」
「ああ」
「葛の仕事って全部デジタルカメラ?」
「仕事はな。それ以外は、フィルムの方が多い」
「ふうん…最近じゃ現像も大変だよね」
「俺は家の暗室で焼いてるが、最近は個人で現像液を手に入れるのが、なかなか面倒になってきた」
「そうなんだ」

 素人の千歳にはきっと、写真になってしまえばフィルムもデジタルも、差がわからないだろうけど。蓮がプライベートで撮っている写真には興味がある。
 いつも携帯に送ってもらう写真。あれもプライベートの一部だ。

「いいな…葛が撮ったフィルムの写真も見てみたいな」
「千歳」
「ダメ?」

 自覚もなく甘えた声で首をかしげる千歳に、蓮は苦笑いを浮かべていた。

「いつでも」
「ほんと?」
「ああ。…お前が今、腹ん中に抱えてる、悩み事を話したら見せてやる」

 さらりと言った蓮は驚いた表情の千歳に手を伸ばすと、優しく前髪をかき上げる。
 打ち合わせスペースが区切られていて良かった。真っ赤になっている顔を、蓮以外の人に見られなくて済む。

「…わかっちゃうんだ」
「デカい溜息吐き出しといて、何言ってんだか。俺が来た時から暗い顔してたしな。言ってみろよ」
「うん…でもあの、すごく個人的なことだし、相談したら迷惑にならないかな」
「余計なことを考えるな」