相変わらずのぶっきらぼうな言葉。でもその中に潜む優しさを感じて、千歳はきゅっと自分の手を握り、時計を見た。
昼頃に東京へ帰ってきた蓮が、別の仕事を済ませて編集部に立ち寄ったのは、17時を回ってから。それからもう、二時間が過ぎている。
理子はしばらく留守にすると言っていたし、早く虎臣の元へ帰ってやった方がいいのだろうけど。さっき遅くなると連絡したのを言い訳にして、千歳は上目遣いに蓮を見上げた。
「あの、葛。この後って予定ある?」
「いや」
「じゃあご飯食べに行かない?僕、奢るから」
「メシは構わないが、奢る必要なんかないだろ。すぐ出られるのか?」
「えっと、十分ぐらいで出られると思うから、待っててくれる?」
「わかった。俺はその間に車を回してくるから、お前は仕事片付けて、出て来い」
そう言うと、立ち上がった蓮は荷物を持ち上げ、ぽんぽん、と軽く千歳の頭を叩いてくれた。
先に出て行く蓮の、頭の上。今日も人ではない生き物が、小さな羽根をはためかせて飛び回っている。
千歳も急いで資料をまとめ、打ち合わせスペースを出た。
一緒に仕事をするようになって、蓮にまとわりつくモノを見る機会も増えたが、再会した当初のように、いちいち驚かなくなっている。
蓮と一緒にいるという緊張感で、千歳自身がそれどころではないのも理由だが、昔から蓮の連れているものは、あまり恐れなくてもいいように感じるのだ。
――怖いことは、怖いんだけどね。
簡単に仕事を片付け、同僚たちに声を掛けてエレベーターに乗った千歳が、会社の表に出たのは宣言通りの十分後。待つほどもなく、蓮の四駆が迎えに来てくれる。
「ありがと。お邪魔します」
助手席に乗り込む千歳のカバンを、蓮が受け取って後部座席に置いてくれた。
滑るように走り出す車。
蓮の車に乗るのは何度目かになるが、いつも丁寧な運転だ。
「どこ行こうか?」
「どこでも」
「ん〜…葛は車だし、お酒飲めないよね」
「ああ。お前は?」
「…知ってるくせに」
先日、編集長の岩橋(イワハシ)と三人で食事に行った際、勧められるまま日本酒を傾けた千歳は、結局また意識を失って、蓮に送ってもらったのだ。
むうっと膨れる千歳に、ハンドルを握る蓮が笑っている。
「俺が知ってる店でもいいか」
「いいよ。遠い?」
「いや」