唐突な理子の宣言で、一ヵ月以内に引越し先を探すことになった千歳と虎臣だったが、予想通りそれは、簡単な話じゃなかったのだ。
家賃や引越し費用、虎臣の学校に千歳の通勤など、問題は山積み。不動産屋に断られるたび千歳は、蓮の言葉を思い出した。
――お前、うち来るか?
最初に千歳の相談を受けた蓮は、そう誘ってくれたのだけど。千歳にしか見えない、得体の知れないモノが数多く住み、その声まで聞こえる葛の屋敷で、落ち着いた生活など出来るはずがない。
しかも長年千歳が想いを寄せている蓮と一緒に住むなんて。想像するだけでもパニックを起こしそうになる千歳には、とうてい無理な話だ。
心配して誘ってくれたのは嬉しかったのだが、その時は蓮の申し出を断って。千歳はしばらく自力で引越し先を探してみた。
これから千歳の給料だけで暮らす以上、贅沢は言えないとわかっていても、虎臣に不自由をさせたくない。しかしそんなことを考えていたら、いっこうに引越し先など決まるわけもなく、日にちだけが過ぎて。
確か、十日前の夜。
理子は一緒に旅立つ恋人の準備を手伝うのに忙しく、虎臣と二人で生活していることを聞いた蓮が、心配して千歳の住むマンションを訪ねてくれたのだ。
前触れもない蓮の訪問だが、千歳は喜ぶより先に怒鳴られ、肩を竦めることになってしまった。
――お前…コレがマトモな生活か!
躊躇う千歳を押しのけ、部屋へ乗り込んてきた蓮は、一瞬黙った後にそう怒鳴っていた。
理由は玄関から続きになっている台所に積まれた、宅配ピザとインスタントラーメンの残骸を見られたから。千歳も良くないとは思っていたが、理子がいないと誰も料理が出来なくて、残された二人は朝から晩までインスタントと店屋物を食べていたのだ。
おろおろする千歳に言い訳する暇も与えず、一度家から出て行った蓮は、近所で買い物を済ませ、戻ってくるなり勝手に料理を作り出す。
文句を言っていた虎臣も、久しぶりに食卓へ並べられた手料理に、思わず箸をつけていた。
作ってくれた料理が美味しかっただけじゃない。二人が作ってもらった料理を食べている間に、学生時代から家事の全てを賄っていた蓮は、てきぱきと散らかった家を片付けてしまう。
理子と住んでいるときは、千歳がやっていた掃除と洗濯。しかし引越し先探しと仕事の忙しさ時間を取られ、家事にまでは手が回らなくて。
フル回転する洗濯機と、前よりきれいになっていく家を、千歳は呆然と見つめていることしか出来なかった。
――覚悟決めて、うちに来い。
蓮がもう一度誘ってくれた。
自分がいかに生活能力に欠けるか見せ付けられた千歳は、虎臣の教育にもその方がいいんじゃないかと、迷い始める。