千歳のその様子を見て、蓮に猛然と反発したのは虎臣だ。
――何それ!なんでアンタの家に住まなくちゃいけないんだよ!
――お前らがマトモに生活出来てないからだ。それより何残してんだ。とっとと食え!
野菜嫌いの虎臣に、蓮が無理やりニンジンを食べさせていたとき、ひょっこり理子が荷物を取りに帰ってきた。
初対面の挨拶もそこそこに、事情を知った理子が喜んだのは言うまでもない。
――いいじゃない、そうしましょ。千歳だって気心の知れてる葛くんの家なら、問題ないでしょ。
気心が知れているどころではない。
言葉の出てこない千歳を制して、反対の声を上げたのは、やっぱり虎臣。
しかし彼も、母には敵わなかった。
――あんたの野菜嫌いも直りそうだし、その甘えた性格、ちょっと葛くんに鍛えて直してもらうといいわ。転校の手続き、やっとくからね!
これで終了。
翌週の土曜である今日、千歳と虎臣は葛邸へお引越し。とりあえずの手荷物だけを持参し、残りの荷物は明日、業者の手で運ばれてくることになった。
ばたん、とドアが閉まって、大きな荷物と二人を門の前に降ろしたタクシーが、さっさと離れていく。
眼前に広がる緑に囲まれた屋敷に、虎臣は目を見開いていた。
「ほんとに南国荘ってカンジ…。ねえ、千歳さん、マジここ住むの?」
「覚悟決めようよ、虎くん」
それは千歳自身も、自分に言い聞かせたい言葉だ。
もうすでに、木々の陰から小さなイキモノが見え隠れしている。足がすくんで動けない。
こんなことでやっていけるのか。
「千歳」
声をかけられ、千歳はほっとして顔を上げた。
「葛…」
「早かったな」
「うん。駅からタクシー乗ったんだ」
「ああ、上から見てた。…お前も、よく逃げずに来たな」
背の高い蓮に見下ろされ、虎臣がむうっと口を尖らせる。
「仕方ないだろ」
「確かに」
「千歳さんを一人になんかしないよ」
「そうか。今日は全員揃ってる。紹介してやるから入って来い」
ぶっきらぼうに言いながらも、千歳の手から一番重いカバンを取り上げて、蓮は二人を促し歩き出した。
「ポストは個別にしてある。お前らのも用意してあるから、自分で管理してくれ」
そこ、と蓮が指さしたところには確かにポストが三台。そのうち一つに「東」とネームプレートが入っていた。
「ありがと…」
「なんで三個あんの?」
「俺と母親、お前と千歳、俺のイトコが二人でひとつ」
「そんなに住んでんのかよ」
ぶつぶつ文句を言う虎臣のことなど、蓮は気にするそぶりさえ見せない。彼らの背中を見つめたまま、しばらく動けないでいた千歳も、恐る恐る門から中へ足を踏み入れた。