…ざわざわ、ざわざわ…
入ったとたんに聞こえてくる、人ではないものの話し声。
「ひっ…」
「?…千歳さん、どうかした?」
様子のおかしい千歳を察して足を止めた虎臣が、駆け寄ろうとするより早く。蓮が長い腕を、千歳に向かって差し出した。
「葛…っ」
「そのうち慣れるさ。来いよ」
手のひらを上に、差し伸べられた手。
しがみつくように縋った千歳のことを、虎臣が唖然として見つめている。それにも構わず蓮は、千歳を引き寄せて肩を抱くと、髪を撫でながら耳を寄せた。
「聞こえるのか?」
「うん…言葉はわからないけど…」
「そうか。慣れるまでは無理するな」
どんなに千歳が怯えても、怖がっても、蓮は昔からそんな千歳を、ありのままに受け入れてくれる。ほっと息を吐いた千歳が顔を上げたところに、優しく見つめる蓮の瞳があった。
その瞬間やっぱり千歳は、顔を赤くするけど。でもこうしているとわかる。どんなに怖い状況でも、蓮がそばにいれくれれば平気だ。
「あ…あの、ごめんね。ありがと」
「中はまだマシなはずだ。入れるなと伝えてもらった」
「え?」
伝えるって誰に?
首をかしげる千歳が、尋ねようとしたとき。その腕を強い力で引っ張ったのは、虎臣だ。
「ちょっと、なにしてんのっ」
いきなり手を引いて抱き寄せるなんて、この男は何を考えているのか。守るように千歳を引き離した虎臣は、蓮を睨みつけていた。
「いちいち喚くな、ガキ」
「誰がガキだ、ふざけんなっ!」
「中で説明してやるから、とっとと歩け。ほら、千歳」
戻って来い、と蓮は呼んでくれるが、虎臣が千歳の腕を離さない。
「大体、なんなのアンタ?千歳さんとアンタはただの元同級生なんだろっ!」
「うるさいガキだな」
「ガキって言うなジジイ!」
「俺がジジイなら、千歳もジジイか?」
「なんで千歳さんがジジイなんだよっ」
「お前が同級生だと言ったんだろうが。ボケるには早いぞ、ガキ」
「うるせーよ!アンタのことなんか認めねえからな!」
「ちょっと、虎くんっ」
いつも千歳の前では可愛い少年の顔をしているのに、うっかり素で怒鳴ってしまった虎臣は、慌てて下を向いた。
「ごめんなさい…だって千歳さん…」
「うん、心配してくれたんでしょ?わかってる。でも葛は昔から僕のこと色々知ってるから、気遣ってくれるんだ。そんな風に言わないで?」
ね?と言い含められた虎臣が、しぶしぶ捕まえたままの腕を離す。苦笑いを浮かべた千歳は蓮を見上げた。
「あの、葛。僕は自分で歩けるから」
「…わかった」
蓮はそっけなく答えると、千歳の荷物を手に先を歩き出す。虎臣と一緒にその後ろを歩きながら、千歳は蓮の背中を見つめていた。