初めて聞く虎臣の乱暴な言葉遣いに、千歳は少し驚いていた。
しかし物心ついた時にはすでに父親がおらず、千歳以外に年上の男性と縁のなかった虎臣は、コミュニケーションのとり方がわからなくて戸惑っているのだろう。虎臣の生い立ちを考えれば当然のことだと、千歳は納得してしまう。
そんな虎臣がつい蓮に噛み付いてしまうのは、仕方ないとして。まさかいつも冷静な蓮が、その相手をしてくれるとは思わなかった。
もしかしてこの二人、実は相性がいいんじゃないかと、のん気に考えられてしまうあたり、千歳が相手では虎臣の片思いもそうとう報われない。
同性の年上とはいえ、想い人がいきなり他の男に抱き寄せられたのだ。しかもこの男が昔、千歳を振った奴なのだと、虎臣は知っている。そんな過去があるのに、まだ千歳は蓮への思いを断ち切れないというのだ。
理子に押し切られたとはいえ、やっぱり葛邸に住むことなんて、了承しなければ良かったと、虎臣は唇を噛む。
むすっとしたままの虎臣と、二人が仲良くなったらいいなんて、見当違いなことを考えている千歳。
二人の前に、大きな屋敷が建っていた。
これから二人が住む「南国荘」だ。
二階建てなのはわかるが、一般的な二階建てよりずっと高さのある建物。古い洋館はそのまま史跡になりそうだ。
大きな屋敷の外観に恥じない、豪華な造りの扉が開かれると、すぐに広いホール。
中へ入った千歳は蓮の言葉通り、外にいたたくさんの小さなイキモノが、中にはほとんどいないことを知り、安堵の息を吐き出した。
これならなんとかやっていけそうだ。
屋敷の中まで外と同じ状態だったら、さすがに暮らしていけないだろう。
「ねえ、靴って脱がないの?」
蓮に尋ねた虎臣の、当然の問いかけに千歳は自分の足元を見下ろす。そういえばまるで、美術館にでも入ったような感覚だったから、気にしなかったけど。
「一応な。自分たちの部屋の中は自由にしてくれ。裸足でも問題ない程度に、掃除はしてある」
「部屋どこ?」
「二階だ。…千歳」
入って右手の階段を上がりながら、蓮が振り返った。
「なに?」
「本当にこいつと同じ部屋でいいのか?」
「もちろん。お世話になるのに、二部屋も悪いよ」
「空いてるぞ」
「いいんだ。ね?虎くん」
「うん!」
「…お前が問題ないなら、構わない」
少し不満を感じているようにも見える蓮についていくと、二階には下より少し狭いホールがあった。廊下の両側にいくつかの扉があり、蓮はそのうちの一つを開ける。
「ここだ」
「…ここ?」
「広っ!」
虎臣が声を上げるのも無理はない。
蓮に案内されたのは、二人が住んでいたマンションのリビングより広い部屋。左手の壁に何かの扉がついていた。