簡素に見えるが、チェストとデスクが二つずつ。ベッドが一台と、その横には人が寝られるくらい大きなソファーまで。
「こ、こんな広い部屋、いいの?」
「他の部屋も同じようなものだ」
「同じくらい?全部?」
「ああ。だから広さだけは十分にあると言っただろ。ほら鍵」
手渡された鍵を握り締め、千歳は戸惑いの表情を浮かべる。部屋を借りると決めたときに考えていたイメージとは、あまりに違いすぎた。
空いてる部屋を貸すだけだから、家賃は要らないと言った葛の言葉に、うっかり頷いてしまったことを、千歳は今更になって後悔する。
呆然とする千歳をよそに、入ったところに荷物を置いた蓮が、靴はどうする?と尋ねていた。しかし聞くまでもなく、入り口で靴を脱いだ虎臣が、裸足で中へ駆け込んでしまう。
左手の壁にあった扉を開き、虎臣は嬉しそうな声を上げた。
「こっちユニットバスだ!なあこのベッドとかって使っていいのか?」
「勝手に使え」
「すごいよ千歳さん!コレふかふか!」
「ちょっと、虎くんっ」
いきなりベッドへ飛び込んだ虎臣を千歳はとがめるが、横から蓮が制した。
「問題ないだろ。今日からお前らの部屋なんだ」
「葛、あの家具って」
「気に入らなければ買い換えればいい」
「そうじゃないよ…」
デスクに備え付けられた椅子にいたるまで、部屋の家具はどれも年代ものだ。アンティーク好きなら垂涎の品だろう。
「傷でもつけたらどうしよう」
「構わないさ。どうせ誰も使ってなかったものだ」
千歳たちが来なければ、いつまでも埃をかぶっていただろうと、何でもないことのように蓮が言う。
「ベッド一台しかないから、一緒に寝ようよ千歳さん!」
「お前はソファーで寝ろ」
「ボクは千歳さんに言ってんの!」
「明日には届くんだろ、お前のベッド」
「今日だけだったら余計、一緒に寝たって問題ないじゃん。ね、千歳さん?」
同意を求める虎臣だが、千歳は困り顔で蓮を見上げるばかりだ。
「…葛、やっぱり払うよ、家賃」
「必要ない」
「でもさ…」
躊躇いがちな言葉で、しかしすぐには引き下がりそうにない千歳を見つめ、蓮は溜息を吐いた。
「ったく。わかった、金のことは後で考えればいいだろ」
「うん。光熱費とかちゃんと、計算して」
「難しいこと言うな。何人住んでると思ってんだ」
「だって…申し訳ないよ」
「わかったわかった。考えておく」
「ありがと。じゃああの家具は、遠慮なく使わせてもらうね」
「そうしてくれ」
ようやく笑った千歳を見て、蓮は廊下を振り返る。
「さっき一階のホールから見えた奥がリビングだ。茶でも入れるから、一通り確認したら降りて来てくれ」
「うん」
ばたばたと部屋を見て回るのに忙しい虎臣をちらっと確認し、蓮は隣に立っている千歳の前髪をかきあげた。