【蓮×千歳D】 P:10


 答えを聞くや否や、千歳はキッチンにいる蓮の方へ走っていった。

「か、葛っ」
「どうした」
「なんで僕が見えることっ?!」

 普通の人とは違う視界。見えないものの存在。どんなに千歳が苦しんできたか、蓮は知っているはずなのに。
 千歳の責めるような口調に、葛はコーヒー豆を挽きながら、平然と頷いた。

「隠していても仕方ないだろ。伶も雷も俺も見えないが、ここがそういうのに囲まれていることは知ってるしな」
「知ってる?みんな知ってるの?」
「ああ。俺の母親が…」

 蓮が事の次第を説明しようとしていたとき、それを遮るようにして女性の明るい声が飛び込んできた。

「東くんっ!」
「え?」

 明るい声どおりの、朗らかな表情。小柄な女性は手を振りながら、千歳の元へ近づいてくる。

「いらっしゃい、東くん。これからよろしくね」
「あ…う、わっ」

 優しい雰囲気の女性と、隣に背の高い長い髪の男。何センチか宙に浮いたままの男を見て、千歳は思わず蓮の傍らへ逃げ込んだ。

「あ!ホントに見えるんだ。嬉しいっ」
『ヨウコ、彼は驚いているようだよ?ちゃんと自己紹介しなさい』
「そうね。高校生のころにも学校で会ったことあるけど、覚えてるかな?蓮ちゃんの母の榕子です」

 ぺこりと頭を下げ、彼女は本当に嬉しそうな顔で微笑んでいる。しかし千歳の視線は、榕子ではなく隣の男に釘付けだ。

 隣に並んだら、浮いていることを差し引いても蓮と変わらないだろう、長身の男。
 彫りの深い端整な顔立ち。柔らかそうな異国の衣装に身を包み、大きな飾りを耳から下げた男の、落ち着いた声。
 忘れられるわけがない。
 話しかけられただけで、一度は驚きのあまりこの南国荘を逃げだし、一度は気を失った。
 あの男が榕子の隣に立って…いや、榕子の隣に浮いて、千歳を見つめている。
 蓮の腕に縋りつき、震えっぱなしの千歳を気にせず、榕子が当然の顔で「こちら」と男を見上げた。

「わたしの大事な人。ラジャっていうの」
『よろしくな』
「あ…あ…」
「ん〜、本当の名前は他にあるんだけど、そういうのってあんまり知られない方がいいみたいで。ね?」
『そうだね』
「だから東くんもラジャって呼んでくれると嬉しいな」

 呼ぶとか、呼ばないとかじゃなくて。
 にこにこと笑いかける二人に、千歳は卒倒寸前だ。
 自分のシャツを握り締める千歳の手をそっと押さえた蓮は、長い腕を回して千歳の華奢な肩を抱き寄せた。

「大丈夫か?」
「葛…葛、僕どうしたら…」
「いい、無理するな。話したくないなら黙ってろ」

 囁く蓮のあまりにも優しい声に、榕子とラジャは顔を見合わせる。
 混乱の現場に、虎臣や伶志、電話を切った雷馳も近寄ってきた。

「あのう…」

 恐る恐る声を掛けた虎臣を、榕子がくるりと振り返る。