「ねえ、さっきから何の話?見えるとか見えないとか…」
「あらあら、君は見えないのね。残念」
「えっと葛さんの、お母さん?」
「そうよ」
「はじめまして、東 虎臣です。今日からよろしくお願いします」
礼儀正しく頭を下げる虎臣に、榕子はにっこり微笑んだ。
「よろしくね、虎ちゃん」
「…虎ちゃん?」
「伶ちゃんと雷ちゃんは、もう自己紹介したの?」
「終わったよ、榕子さん」
「じゃあお茶でも飲みながら話しましょうか。虎ちゃんが見えないなら、ちゃんと説明しなきゃいけないし。蓮ちゃんお茶の用意してくれる?」
「いま淹れてる。千歳からロールケーキもらったしな」
千歳の肩を抱いたまま答える蓮の前に、さっきまで用意していたカップが並んでいる。その中に二つ湯呑みが混ざっているのを見て、榕子が嬉しそうに微笑んだ。
「ひとつは蓮ちゃんよね。もうひとつは東くん?虎ちゃんは…あら、そっか。どっちも東くんなのね。どうしようかな…千歳ちゃんってちょっと言いにくいし」
うーん、と悩み顔の榕子が千歳の呼び名を迷っていると知って、虎臣が首をかしげる。
「あの、ボクも榕子さんって呼んでいいですか?」
「あら、おばさんでいいのよ」
「だけど榕子さん、おばさんって感じじゃないし…」
「そうだよね。蓮さんまで榕子さんって呼ぶんだよ」
幼いころから蓮が人前でそう呼ぶたび、若く見える榕子は親子関係を疑われていたのだと、伶志が続ける。
思い出話にうんうん頷いて、榕子はぷくっと頬を膨らませた。
「そうなのよ。蓮ちゃん一度もお母さんって呼んでくれないの」
榕子は不満を打ち明けるが、虎臣はそれならいっそう自分だけが「おばさん」なんて呼べないと笑う。
「じゃあボクも、榕子さんって呼ばせて下さい」
「え〜なんで?伶ちゃんと雷ちゃんも子供の頃から榕子さんって言うのよ。一人くらいちゃんと、おばさんって言って欲しいのにな」
「ダメですか?榕子さんって呼ぶの」
「ダメじゃないけど…。なんだか寂しいわね。このままじゃ東くんまで榕子さんって言いそう」
そこまで言って、ようやく榕子は千歳の呼び名を迷っていたのだと思い出した。
「あ!そうだ、ちーちゃんってどう?ねえ東くん」
嬉しそうに振り返った榕子と同じく、ラジャも千歳の方を向いた。
蓮に縋る手に力を込め、庇ってくれる腕の中で千歳は、目を閉じたまま首を振っている。
「あら、イヤ?」
『そういうのは本人の意思を尊重すべきだよ、ヨウコ』
「誰もわたしの意志は尊重してくれないのに?可愛いじゃない、ちーちゃん」
「な、なんでもいいですっ」
怯えて立っているのがやっとの千歳が、叫ぶように口走るのを聞いて、榕子は誇らしげにラジャを見上げた。
「ほら、いいって」
『ならそう呼ぶといい』