【蓮×千歳D】 P:12


「ええ!じゃあこれから、東くんはちーちゃんね。ちーちゃんにも精霊さんたちが見えるって蓮ちゃんに聞いて、一緒に住むのを楽しみにしていたの」

 手を握り合わせて喜ぶ榕子に対し、ラジャは心配そうな顔で千歳を眺めている。

『…それにしても、大丈夫かねチトセは』

 言われてやっと、榕子も千歳の様子に気付いたようだ。

「あらほんと。お顔が真っ青ね…お引越しで疲れたのかしら」

 見当違いな心配だ。
 しかし二人の会話が自分のことだと知って、千歳はいっそう身を竦ませる。
 蓮は千歳の頭を胸に押し付け、自分には見えないが、その場にいるのであろうラジャと、のんきな母を睨みつけた。

「これ以上千歳を怯えさせるなら、俺はこいつと一緒に家を出るぞ」

 いきなりの冷たい発言に、榕子は目を見開いて声を上げる。

「なにそれ!蓮ちゃんひどいっ」
『ワタシは何もしていないんだが』
「そうよ!ねえ、ちーちゃん。何も怖いことなんかないのよ?ラジャは素敵だし、優しいの。この家に住んでる他の精霊さんたちだって、ちょっとイタズラっ子が多いけど、みんないい子だもの。そんなに怖がらないでいてあげて」
「千歳の問題じゃないだろ。近寄るなと言ってるんだ」
「蓮ちゃんっ!なんでそういうこと言うのよ。ちーちゃんが見えるって知って、みんな会えるのを楽しみにしてたんだからっ!なのに今日だって、中へは入れるなとかラジャに出てくるなとか」
「こいつはずっと、見えることに苦しんできたんだ。慣れるまでに時間がかかるのは当然だろ」
「会わなかったら慣れるものも慣れないでしょっ」
「榕子さんと千歳は違う」
「違わないっ!」
「ま、待ってっ」

 自分のことで諍いを起こす二人に耐えかねて、千歳はようやく顔を上げた。

「僕は大丈夫だから、葛。そんな風に、言わないで」
「千歳、無理するな」
「ん…でも、平気」

 そう言いながら、でも蓮の手を握り締めて、千歳は恐ろしさを堪えまっすぐにラジャを見上げた。

「あの…僕はこの通り臆病ですが、慣れるように頑張りますから…」
『チトセ』
「だからその、これからよろしくお願いします」
『…ああ。ありがとう』

 笑みを浮かべるラジャを見ていると、ほんの少し気持ちが穏やかになる。千歳はようやく息を吐き出した。
 榕子にきついことを言いながらも、蓮だって安心したのだろう。千歳の勇気を褒めるように、抱いた肩を優しく叩いている。
 暖かい手にうっとり顔を上げ、小さく「葛」と呼んだ千歳の声に、ふと伶志が口を挟んだ。

「ねえ、さっきから気になってたんだけどさ。ここにいるのって、みんな葛さんか東さんだろ?千歳さんが蓮さんを葛って呼ぶと、ボクたちも振り返っちゃうんだよね」
「…そうだな」
「いい機会だからさ、千歳さんも蓮さんの呼び方、変えちゃえば?」