「残すなよ」
一向に食の進まない虎臣に、蓮が後ろ姿のまま声をかける。
「…残しません」
「いい心掛けだ」
野菜嫌いで、出来るなら肉しか食べたくないくらい偏食の虎臣。しかしここ南国荘で出されるものは、嫌々ながらも全て平らげている。
最初の日、一番嫌いなニンジンを残していたら、それを蓮に見咎められたのだ。もちろん食べられないと反論したが、蓮には通用しない。
アレルギー以外の好き嫌いは認めない。食えないものは出してない。
長身の男は平然と言い放った。それでも虎臣が食べようとしないでいると…
――伶(レイ)、雷(ライ)、押さえろ。
そう言って伶志(レイシ)と雷馳(ライチ)の二人に虎臣を押さえつけさせ、口の中にニンジンを押し込むという、暴挙に出た。
千歳はおろおろするばかりだし、榕子は笑って「虎ちゃん頑張って!」などとのん気なことを言うし。
半泣きになりながらニンジンを食べた虎臣は、力では蓮に敵わないと痛感した。
だから仕方なく、食べる。
実のところ、蓮の料理はかなり美味しいと、虎臣だってわかっている。
大嫌いな野菜も、近所で畑をしている榕子の知人が作った無農薬野菜なので、味が濃く食べやすいのだ。他にも海藻類や魚介類など、今まで苦手意識で食べられなかったものを、虎臣はかなり克服している。
だからといって、喜んで食べるかといえば、そうじゃない。
恋敵である蓮が作ったものを、嬉しがって食べるほど、虎臣は出来た人間じゃないのだから。
嫌そうな顔で、虎臣がサンドイッチを口に押し込んでいると、弁当作りに精を出していた蓮が、ようやく振り返った。
大きな手には、男っぽい蓮の見た目を裏切る丁寧さで包まれた、弁当箱。
「昼飯」
「…どうも」
手渡されたこの弁当だって、とても美味しいし、バランスいい色彩豊かなものだ。転校したての学校でも評判で、クラスに馴染むきっかけを作ってくれたのは事実。
でも、認めたくない。
残さず食べて帰るし、誰かに押し付けたりもしないけど。喜んでいるなんて思われたくない。
…恋する少年は複雑だ。
「ちーちゃんはいつも、美味しそうに食べるのね」
千歳の前に座っている榕子はとっくに食べ終わり、紅茶を飲みながら笑顔で千歳に話しかけている。当然のことを言われて、千歳もにこりと微笑んだ。
「だって蓮の作ってくれるものは、本当に美味しいですから」
こうしてすんなり、蓮のことを名前で呼べるようになったのは、最近のこと。
息子を褒める千歳の言葉に、榕子は嬉しそうな表情を浮かべると、懐かしげに目を細めて蓮の後ろ姿を見つめた。
「蓮ちゃんも昔は、焼いたり炒めたりするものしか作れなかったのよ」
「そうなんですか?」
「ええ。それはそれで美味しかったんだけど、年々バリエーションが増えてね。伶ちゃんと雷ちゃんが一緒に住むようになってからは、ほんとに色々作ってくれるの」