【蓮×千歳E】 P:04


 
 
 
 地元駅から乗換えを入れて電車で50分。そこから歩いて5分のところに、千歳の勤める出版社はある。
 秋号の校了を終え、冬号に向けて動いている編集部は今、比較的のんびりした時期だ。
 千歳の隣の席には、編集部で一番若い中沢(ナカザワ)が座っている。彼と話しながら、依頼しておいた原稿のチェックをしていた千歳は、中沢の驚いた声に顔を上げた。

「じゃあ家での料理って、全部Renさんが作ってるんスか?」

 話題は引っ越して一ヶ月の南国荘。
 蓮の食事は何でも美味しいという千歳の言葉が、中沢には信じられないらしい。

「全部ってわけじゃないけど、ほとんどそうかな」

 蓮の手が空かないときは、雷馳が作る場合もある。千歳も一度、噂に聞く雷馳の手料理をご馳走になったが、伶志の言うとおりそれはプロ並みの腕前で、しかしとても時間のかかる代物だった。
 伶志に「作って」と言われてから、メニューが決まるまで30分。下ごしらえに1時間。出来上がるまで3時間もかかってしまった。休日だったのが幸いだ。

 千歳の言葉に中沢は、驚きのあまり言葉が出てこない。

「?…どうかした?」
「いや…意外ッスね」
「そうかな」
「そうでしょ。Renさんってモデル並みに見た目がイイから…その分なんか、生活感ないし」
「ああ…そうだねえ」

 苦笑いを浮かべ、千歳はチェックしていた記事に視線を戻した。
 Renとろくに口を利いたこともない中沢なら、当然の反応だろう。

「オレ、Renさんのイメージ変わったかも。あの人が料理かあ…」
「美味しいんだよ」
「じゃあ、こないだ東さんが食ってた弁当も、もしかしてRenさんが?」
「そう。息子のと一緒に作ってもらった」
「あはは!いいなあ。家族みたいッスね」

 中沢の言葉に、千歳は少し顔を赤らめてしまう。
 今の蓮と千歳の関係は、親友であり同居人だというだけだ。今更それを変えるほどの勇気を、千歳は持っていない。

 一度告白して、蓮に振られている千歳。
 出会ってから今まで積み重ねた想いは、消えていないけど。恋人という関係への憧れを胸に秘め、親友という名の家族ごっこをしているほうが、蓮のそばにいられる。
 蓮を見つめ、蓮と言葉を交わせる幸せな日々。
 時々自分を見つめる蓮の視線が、熱っぽく感じることもあるけど。千歳はそれを自分の未練だと言い聞かせていた。
 もう勘違いしてはいけない。
 蓮の隣で、幸せに笑っていたいなら。

 今日は家でたまった洗濯物を片付けると言っていた蓮。丁寧にアイロンまでかけている姿なんか見たら、中沢は卒倒するかもしれない。