【蓮×千歳E】 P:06


 中学の修学旅行では体調が悪くて、京都はほとんど観光していないと語る千歳に、岩橋はいっそう喜んでいるようだ。

「だったら丁度いいじゃないか。同級生ともう一度、修学旅行のやり直しだ」
「仕事じゃなけりゃあ、もっといいッスよねえ」
「それは自費で行って頂戴よ。中沢君はどこだった?」
「オレ高校は韓国でした」
「贅沢だねえ、修学旅行で海外か。今なら珍しくないんだろうけど」
「オレの頃だって珍しくなかったッスよ。長崎の方が珍しいでしょ?オレ、中学で行きましたもん。長崎」
「うちの高校は、長崎に宿泊施設を持ってましたから。もしかしたら今でも長崎なんじゃないかな?」
「東さんとこの方が、贅沢じゃん」
「中沢君、韓国どこ回ったんだい?」
「慶州歴史の旅ッスね。編集長、オレも行かせてくださいよ、もう一度修学旅行。久々に韓国行きてえッス」
「だからそれは、自費で行きなさい」

 中沢と岩橋が修学旅行話で盛り上がるのを聞きながら、千歳は蓮と行った長崎を思い出す。
 高校三年間で唯一クラスの違った二年生のとき。修学旅行先で、班ごとに別れての自由行動を、蓮と千歳はそれぞれ抜け出した。
 こっそり待ち合わせて歩いた長崎の街。ほんの二時間くらいだったけど、カメラを手にした蓮と一緒に過ごした時間は、今でも忘れられない思い出だ。

 ――なぜか猫がたくさんいたんだよね…

 坂の多い街を千歳のペースに合わせて歩いてくれた蓮は、猫を見つけるたびシャッターを押していて。隣にいる千歳が猫たちに勝手な名前を付けるたび、低い姿勢でカメラを覗いている蓮が、可笑しそうに千歳を見上げていた。
 当時から普段はあまり見られない、蓮の笑顔。ずっとドキドキして歩いていたのを覚えている。

「じゃあそういうことで、Ren君と京都で修学旅行してきてね」
「わかりました」
「詳しいことは明日の会議で決めるから、連載の方と合わせてRen君がどれくらい日数取れるか、家に帰ったら確認を…」

 言いかけた岩橋を遮るように、千歳の前の席で電話中だった山田(ヤマダ)が受話器を置き、声を上げた。

「いい加減にしやがれっ、このクソジジイが!」

 物言わぬ電話を口汚くののしる山田は、編集部でも古参で岩橋と同世代。柔和な岩橋と豪胆な山田は、両極端な編集部のツートップだ。

「…どうしたの、山さん」
「岩さん、いたのか」
「いたでしょ、さっきから」
「どうもこうもあるか!関口(セキグチ)の野郎、今更んなってウチみたいな小部数雑誌の企画は、受けられないとよ」
「そりゃまた…困ったねえ」

 冬号から始まるコラムを引き受けるはずだった関口は、ライターではなく企業家。すでに引退して現場を離れているが、毒舌家で知られ、他誌でもコラムの執筆を手がけている。