【蓮×千歳E】 P:08


 
 
 
 今日は定時に上がって、蓮と京都行きの打ち合わせをするはずだったのに。結局、南国荘に帰り着いたのは、午前2時を回ったころだ。

 ――さすがに疲れた…

 千歳との久々の再会に喜んだ関口は、二つ返事で企画を受けてくれた。
 驚く山田に珍しくも素直な言葉で謝罪を述べ、最近は大好きな酒を控えるよう医者に言われて、気が塞いでいたのだと零す。
 ああ、わかります、と同情する山田と関口が意気投合。メシに行こう、飲みに行こうと盛り上がった二人は、千歳を離してくれなかった。
 途中で岩橋に電話をかけたら、直帰の許可とともに、明日午前の休みがもらえて。申し訳ないと思ったものの、千歳はその言葉に甘えることにする。
 大酒のみたちから解放され、銀座からタクシーに乗ったのは、午前1時。
 すっかり意気投合した山田と関口は、このままもう一軒飲みに行くのだと盛り上がっていた。
 医者が止めるのも頷ける話だ。

 疲れで倒れそうになる身体を叱咤し、庭の妖しげなものたちのことも忘れ、なんとか屋敷までたどり着いた千歳は、そのままリビングへ直行して、ソファーにごろりと横たわる。

 ――もう着替えもお風呂も、何もかもめんどくさい…虎くん、寝てるだろろうし…

 中学生と同じ部屋というのは、なかなかにやっかいだ。今から部屋へ戻れば、虎臣を起こしてしまうだろう。
 朝一番に起きる蓮が千歳を発見したら、怒られるかもしれないけど。もう指一本、動かす気力すら残っていない。

 このままここで寝てしまおうと決めて、千歳は目を閉じる。
 しかし眠りに落ちる寸前、周囲からざわざわと小さな声が聞こえてきた。
 目を閉じたまま、千歳は身体を強張らせてしまう。
 蓮に釘を刺されたせいで、普段は屋敷の中には入ってこない精霊たち。その彼らがなぜか、自分の周りに集まっている気配。
 千歳は叫びそうになるのを、必死に堪えていた。

『お前たち』

 恐怖が限界に達しようとしていた千歳の耳に、穏やかな男の声が聞こえてくる。
 ラジャの声だとわかって、なんとなく千歳は力が抜けてしまった。
 今でも怖いし、気を許したなんてことはない。でも彼の優しい声はなぜか、千歳にわずかばかりの安心を与えてくれる。

『チトセは疲れているのだよ?心配なのはわかるが、今はそっとしておいてあげなさい。彼は頑張ると言ってくれただろう?』

 …慣れるように頑張ります。
 そう宣言しておきながら何一つ努力できていない千歳にとって、耳の痛いセリフだ。しかしラジャは千歳が起きていることに気付いていないのか、精霊たちにそう話しかける。

 頬を撫でる柔らかい風が吹いた。ざわめいていたはずの声が、遠ざかっていく。
 それがラジャのおかげだとわからないほど、千歳は鈍くはない。