ずきっと心が痛んだ。
何かとても、酷いことをしている気分。
『これ、お前。レンに知らせて来なさい。きっと起きているだろうから』
どうやって?ということは気になるが、目を開けるのは怖い。
目を閉じたままラジャの言葉に耳を傾けていると、その声が少しだけ蓮と似ていることに、千歳は今更ながら気がついた。
しばらくして今度は人の気配。
千歳?と呼びかけるのは、蓮の声だ。ようやく安心して、千歳はゆっくり目を開ける。しかし酔いと疲れのせいで、舌も思考も上手く回らない。
「れ、ん…」
「お帰り」
「…うん」
「いいからそのまま寝てろ」
首と膝の下に蓮の手が差し入れられ、身体が軽くなる。抱き上げられたのだということはわかっているが、蓮の腕の中にいるということまでは、思考が追いつかない。
ラジャの優しい声が、まだ響いているような気がした。
『ゆっくりお休み、チトセ』
ああ、やはりまだそこにいるのだ。
怯えるばかりの千歳を、穏やかな瞳で見守ってくれている人。彼の気遣いは、蓮を髣髴とさせる。
いつも誰かに守ってもらってばかり。
自分に出来ることはないのだろうか。
そっとどこかへ下ろされ、ネクタイや上着を脱がされる。目を閉じていた千歳は、労わってくれる優しい手を感じて、急速な眠気に襲われていた。
でも、どうしても言いたいことがある。
重い目蓋を上げ、袖口のボタンを外そうとしている手を、ゆっくり握った。
「千歳?…どうした」
「…ねえ、蓮…聞いて、くれる…?」
「何でも聞いてやる。だが今日はもう無理だ。起きてからな」
「でも…」
「いいから。…千歳、明日も早いのか?」
「あし、た?」
「ああ」
「明日は…昼から…」
「だったらゆっくり寝てろ」
「ん…じゃあ京都で、聞いて…」
「京都?」
「ぼく…このままじゃ…や、だ…」
いつまでも怖がってばかりの自分。守られているだけなのは、やっぱり悲しい。
変わりたい、と千歳は強く願う。
穏やかな目で見守ってくれるラジャのため、優しく手を差し伸べてくれる蓮のために。自分を変えていきたい。
身体がどんどん重くなっていく。力が入らなくて、握った手を離してしまった。
意識の消えかけている千歳が、なんだか寂しくて涙を浮かべると、離したはずの優しい手は戻ってきた。ちゃんと千歳の手を握ってくれる。
「もういい。後は起きてからな」
「ん…れん…」
「おやすみ、千歳」
すうっと呼吸が静かになる。
千歳は眠りにつく寸前、なにか柔らかいものが唇に触れたのを感じた。