中央改札を抜けた千歳は、呆然として天井を見上げる。
吹き抜けの高い天井は真っ白な格子状になっていて、まるで巨大な美術品の中にいるみたいだ。中学の修学旅行でもここへは来たはずなのに、全然覚えていない。
「結構すごいでしょ」
声を掛けられ、慌てて振り返る。
千歳のそばでにこやかな表情を浮かべているのは、聞いていた実年齢よりかなり若く見える男性だ。
「東さんですよね?天川(テンカワ)企画の林(ハヤシ)です」
「東です、よろしくお願いします」
初対面のサラリーマン同士、お決まりの名刺交換。京都にある天川企画は、千歳の所属する編集部が、京都の記事を任せている会社だ。こういう現地ライターを、日本各地に抱えている。
「とりあえず移動しましょか」
「そうですね」
関西人らしい柔らかなトーン。
一見強面に見える林だが、実は細やかな気の利く、センスのいいライターなのだと、岩橋編集長に聞かされていた。
半歩先を歩く林は、岩橋の言葉を裏切らず、千歳に手を差し出してくれた。
「荷物、ひとつ持ちますよ」
「いえ大丈夫ですから…」
「そんなん言わんと。身軽な僕が大荷物の東さん連れて歩いてたら、なんやカッコつきませんやんか」
ね?と笑う、人懐っこい表情。千歳も微笑んで、一番軽い紙袋を差し出した。
「でしたら、お願いできますか?」
「よろこんで」
ひょいっと気軽にそれを受け取り、林はざっと京都駅を案内してくれる。ジョークを交えた彼の話は、聞いていて全然飽きない。
「林さん、お話お上手ですね」
「関西人やからかなあ?話すのは好きですねえ。それに今の仕事する前は、ツアコンやったんですよ」
「あ、そうなんですか?林さんのガイドだったら楽しいだろうな」
「ホンマですか?京都旅行来はる時は、いつでも声かけてくださいね。昔取った杵柄で、なんぼでもガイドしますよ」
「ありがとうございます」
こうして楽しく話していると、まだ視界にちらほらする存在がいても、気が紛れそうだ。
駅前からタクシーに乗った林は、テーブルの広い落ち着いた雰囲気のカフェに案内してくれた。
「そういうたら、カメラマンさんは?」
「Renさんは今朝、車でこっちへ入られてます。今は鞍馬から高雄に向かって移動中じゃないかな」
「読みましたよ、Renさんの連載。あれいいですね」
「ありがとうございます」
「担当が東さんやから今回、連載の取材も一緒にやるって聞いて、楽しみにしてたんですよ。なんでも言うてください、協力しますから。どうせやったら京都の回が一番良かったって、言われたいですしね」
「よろしくお願いします」
「おっと、それより先に、修学旅行でしたか。ウチでちょこちょこピックアップしてみたんですけどね…」
カバンの中からファイルを取り出し、自然と仕事の話を始めてくれる。
その場での打ち合わせは三時間に及んだが、千歳は終始、林の楽しい話に笑わせてもらって、少しも疲れを感じなかった。