目の前に咥えタバコの蓮。思わず惚けてしまう千歳を、蓮の鋭い視線が束縛する。
「話すんだろ」
「?…何を」
「覚えてないか?先週、遅く帰って俺の部屋で寝たとき。何か聞いて欲しいと言ってただろ」
「え…なんだっけ…?」
本気で覚えていない様子の千歳に、蓮は溜息を吐く。
「俺が知るか」
「ごめん…」
「まったく。確かこのままじゃイヤだとか言ってたぞ」
蓮の言葉にはっとする。
忘れていた穏やかな声が、記憶の奥から蘇ってきた。
あの時だ。
ラジャが精霊たちに、千歳をそっとしておけと話していた時。
彼らに対し、何一つ努力していない自分が情けなくて申し訳なくて。少しでも変わりたいと痛切に思った。
「思い出したか」
「うん。えっと…あの時、ラジャさんが精霊さんたちから、僕を庇ってくれたんだ」
「………」
「そっとしておいてあげなさいって。疲れているからって言って。すごく嬉しかったんだけど、でも…僕は何も返せないから」
憂いの表情で自分の足元を見つめている千歳は、蓮の目が鋭さを増していることに気付けない。
苛立ちを増していく瞳の色。千歳の零す話は、蓮の予想とかけ離れていた。
「頑張って慣れるって、言ったのに。全然何の努力もしてないんだよ…僕は相変わらず、怖がってばっかりだ」
「………」
「ねえ、どうしたらいいと思う?僕に出来ることって、何かない?」
困惑を隠そうともせず、千歳が顔を上げる。しかし蓮が睨むように自分を見ていることを知り、思わず身を竦めた。
「そんなことか」
「蓮…?」
「精霊だろうとラジャだろうと、結局は同じだろ。人付き合いは相互理解からだ」
「そ、それは、そうだけど」
「もっとも俺に言えたことじゃないがな」
冷たい言葉。いつもの蓮なら、もっと優しく話を聞いてくれるのに。
さっきまでとまるで違う蓮の様子に、千歳は戸惑いを隠せない。
「あの、蓮」
「まだ何かあるのか」
「だって…。ねえ、僕なにか、気に障るようなこと言った?」
「………」
「勝手な相談を持ちかけてるのは、わかってるんだけど。でもさ…」
「お前には無理だ」
「え?」
言うや否や、蓮はタバコを灰皿に押し付けて立ち上がってしまう。千歳の方を見ようともせず、テーブルに広げたパソコンを片付けだした。
荒っぽい自分の指先に、冷たい声に、蓮は己の苛立ちを自覚していっそう、腹立たしさを募らせる。