ぎゅうっと腕を握り締め、千歳は下を向いたまま唇を噛んだ。
「…やだ…」
「千歳」
「行っちゃヤだ。置いてかないで」
「………」
「ちゃんと変わるから。頑張るから。だから、見捨てないでっ」
「………」
「蓮、お願い。何でもするから」
一気にまくし立てた。
南国荘に帰ったら、今度こそラジャと向き合って、考えるから。目を逸らしている精霊たちからも、目を逸らさないようにするから。
蓮を失わないためなら、何でも出来る。
必死な表情で訴える千歳を、じっと見ていた蓮は、ぎりっと奥歯を噛んで視線を鋭くした。
「随分な言い様だな」
「え?」
どういう意味だろうと、顔を上げた千歳が問いかける前に、蓮は強引に千歳の腕を引っ張り、壁側のベッドに放りだした。
「ぅ、わ…っ」
慌てて起き上がろうとするのを許さず、蓮は千歳を押さえつける。
十センチ以上身長の違う、鍛え抜かれた身体の蓮に押さえ込まれたら、千歳は動くことなんか出来ない。
握り締められる手首が痛い。
指先がしびれてくる。
間近になった蓮の、怖いくらい真剣な顔に、千歳は息を詰めた。
「お前じゃないか」
「れ、ん…」
「俺を置いていくのも、俺を見捨てるのも、いつだってお前の方だろ!」
大きな声で怒鳴られ、身体を竦めて目を閉じた千歳に、蓮は噛み付く勢いで口付けた。
唐突な蓮の行動に、千歳は目を見開いて身を捩るけど。振りほどくことなんか、出来るはずがない。
キス、というには、あまりに暴力的な行為。
息苦しさに喘ぐ千歳を見逃さず、蓮の舌が口腔に割り込んでくる。怯えて縮こまっているものを、強引に吸い上げられた。
「ん、んっ!んーっ」
こんなキス、誰ともしたことがない。
どうして?なんで?
蓮の怒りが理解できずに、千歳はただ、ぼろぼろと泣くばかりだ。
拘束されていた手が緩んだ。でも代わりに、頭を抱え込まれて逃げられない。
抵抗するはずだった千歳の手は、蓮のシャツに縋っているだけ。
何度も角度を変えて唇を吸われる。さんざん口の中を蹂躙されて、くちゅくちゅと濡れた音が耳を犯している。
心臓が縮み上がる感覚に震える千歳を、どれくらいそうしていたのか、蓮はようやく開放した。
「…十年だぞ」
「れん…」
「お前は十年もの間、俺を放り出していたんだ。結婚して、家庭を築いて、仕事のキャリアを重ねて…俺を思い出したことが一度でもあるか?」
違う、忘れたことなんかない。
声もなく、泣きながら首を振っている千歳の上で、蓮の方こそ泣きそうに顔を歪めている。