そっと背中を引き寄せられて、千歳は蓮の胸に身体を任せた。
「顔を上げろ」
命じられるまま顔を上げたら、大好きな顔がゆっくり近づいてきた。
そうっと目を閉じる。
触れ合う唇が柔らかい。何度もついばむように口付けられて、思考がふわふわと浮遊しているような感覚に襲われた。
ちゅっ、という小さな音に、千歳が陶然とした表情で薄く口を開く。いたずらな舌に口の中を舐められてしまった。
「ぁ…んっ、あ、あ」
「煽るなよ」
「やっ、だって…」
ゆっくり目を開ける。困った顔の蓮が、愛しげに自分を見ている。
たまらず手を伸ばした千歳は、指先を蓮の唇に触れさせた。
「ねえ、蓮」
「ん?」
「…教えて欲しいことが、あるんだ」
今でも忘れられない、辛い記憶。
卒業式の日、どうして蓮はあんなことを言ったのか。
今こんな風に触れてくれる気持ちがあるなら、どうして。
幸せな毎日を壊したくなくて、ずっと聞けなかったこと。今なら聞ける気がして、千歳が口を開いたとき。
テレビのそばに置いている携帯が、静寂を打ち破って鳴り出した。
その瞬間、千歳は正気に戻り赤くなる。
「ごめん、電話…」
慌ててベッドを降りる千歳を、今度は蓮も止めなかった。おざなりに浴衣を直しながら、携帯を手に取る。表示されている名前は虎臣(トラオミ)だ。
「虎くんだ」
慌てて通話ボタンを押した。
虎くん?と呼びかける千歳に応えたのは、少年のあまりに暗い声。
『千歳さん…どうしよう』
「何かあった?」
『ボク今日、家に帰ってくるとき車に轢かれそうになって…』
「車に?!大丈夫なのっ!」
『そのときは避けたんだけど、転んじゃったんだ』
「怪我は!ちゃんと病院へ行った?!」
ただ事ではない千歳の様子に、蓮もベッドから降りてくる。
会話に耳を傾けながら、脱ぎ捨てていたシャツを身に着けた。
『だって…ここの人たちに迷惑、かけたくないもん』
「そんなこと言ってる場合じゃ…」
『でも今、すごく痛くて。もしかしたら足が折れてるかもしれない』
「ええっ!」
さあっと青ざめる。
隣に立つ蓮に肩を抱かれ、千歳は泣きそうな顔で息を呑んだ。
「虎くん、早く榕子さんか伶くんたちに言って!」
『ヤダよそんなのっ』
「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
『千歳さん、帰ってきてよっ!ボク千歳さんと一緒じゃなきゃ、病院行かないっ』
「虎くんっ」
『ねえ帰ってきて!千歳さんはボクのお父さんでしょ?!』