一人でいるのが寂しかったから。虎臣がそう言いかけたときだ。
千歳は思いっきり、虎臣の頬を引っ叩いていた。
「千歳さん…」
「何を考えてるんだ、君は!」
叩かれた頬に手をあて、呆然と千歳を見つめる虎臣の前で、年若い父親はぼろぼろ涙を零している。
虎臣にだけじゃない。千歳は生まれて初めて、人に手を上げた。
「どれだけの人に迷惑がかかったと思ってるの。旅行って何?出張って言ったよね?仕事と遊びの区別もつかないのっ!?」
「ごめん…なさい…」
「みんなに心配かけて…蓮だって寝ずにここまで運転してくれたんだよ。出張先の人も君を心配して、早く帰ってあげてって言ってくれた。みんな君のために、今日の予定をキャンセルしたんだ。僕は…僕たちは、遊んでるんじゃない…」
千歳は悔しくて唇を噛み締める。
職務を放棄した自分にも、父親として役目を果たせていない自分にも腹が立った。
もっとちゃんと虎臣を見ていれば、気付いたかもしれないのに。こんな嘘をつかせなかったかもしれないのに。甘やかすばかりで、少しも厳しく接してこなかった、自分の責任だ。
「千歳さん、ごめんなさい」
さすがに堪えたのだろう。俯いたまま謝罪を口にした虎臣を見つめ、千歳は目元を拭う。
「学校は行けるんだね?」
「…うん」
「じゃあ、気をつけて行きなさい」
後ろを振り返ると、蓮が静かに自分たちを見守ってくれている。ゆっくり近づいてくる蓮に、千歳は深く頭を下げた。
「ご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした」
それは、友人としての謝罪ではない。
千歳は蓮の担当編集者として、あってはならないミスを犯したのだ。どんなに混乱していても、自分の個人的な問題に、仕事中の蓮を巻き込むなんて。
蓮が送ると言い出したことは理由にならない。千歳は断るべきだった。
そうすれば今日、千歳抜きでも京都取材は行えたはずだ。
己の甘えた態度が許せない。
無理をして編集者の顔をしている千歳を否定せず、蓮はただ頷いて千歳を見つめている。
「僕は今から京都へ戻ります。蓮は少し寝てから…」
冷静な顔を装って必死に予定を話し出す千歳の肩を掴み、蓮は首を振った。
出来るだけ千歳の意思を尊重してやりたいけど。これ以上の無理はさせられない。
「そんな状態で戻ってどうする。お前も少しは身体を休めろ」
「でも」
「気持ちはわかるが、いま戻ったって仕事に集中できないだろ」