あんな嘘をつくほど追い詰めたのは自分だから。そう言って落ち込む千歳に、ラジャは困ったような声で話しかける。
『ではワタシも、レンの父親にはなれないということかな?』
「え…?」
『レンはワタシを見ることも、もちろんワタシの言葉を聞くことも出来ない。何も出来ないというなら、ワタシはチトセ以上だよ』
意外な言葉に驚いて顔を上げると、ラジャは苦笑いを浮かべていた。
「ラジャさん…」
『だがワタシはこれでも、レンの父親でいるつもりだ。あの子を抱きしめてやることすら出来ない。血の繋がりなどあるはずがない。それでも、そう思っているんだよ』
「………」
ラジャがこの屋敷に住むようになったのは、蓮が生まれる前だと、千歳は榕子から聞かされていた。
屋敷の精霊たちとは違い、千歳たちと会話の出来るラジャ。しかし彼はこの屋敷のエリアから、離れることが出来ないのだという。だから榕子も、あまり屋敷から出ようとしない。
ラジャに立ち会って欲しかったから、蓮のこともこの南国荘で産んだのだと。榕子は幸せそうに笑って話していた。
彼女はどんなことも、後悔しないのかもしれない。そう思うと千歳は、榕子がとても羨ましく思えてしまう。
『幸せであれ、と。祈るだけでは父親とは呼べないか?』
「あ…でも、僕は…」
存在として「いる」だけではない。
目を見て、話をして。手の触れられる存在だからこそ、間違いを犯した。
涙を溢れさせている千歳を見つめ、ラジャが頷いている。
『そうだね。キミの苦しみはわかっているつもりだよ。ヨウコも昔、レンに手を上げるたびに泣いていた』
「榕子さんでも?」
いつも明るく笑っている榕子。後悔なんて言葉とは、縁がないと思っていたのに。
優しくて暖かい蓮を育てた彼女でも、かつては今の千歳と同じ苦しみを味わったのだろうか。
なんだか信じられない気がして、戸惑う表情になった千歳に、ラジャは小さく笑っている。
『もちろんだ。喜んでわが子を叩く親がいるものかね…しかしヒトには、痛みでしかわからないこともある。子供であればなおさらだ』
瞳に宿る穏やかな光。ラジャは優しく笑ったまま、懐かしそうに窓の外の庭に目を遣った。
『昔…そう、レンがまだほんの、子供だったとき。あの子が他人の物を盗んだと、疑われたことがあった。学校に呼ばれたヨウコは最初、けして信じなかったそうだよ。蓮がそんなことをするはずがないと言ってね』
「はい」