【蓮×千歳H】 P:05


 切ない表情の千歳に尋ねられて、ラジャが肩を竦めている。

『そうだね。冬の寒い頃だった。風邪をひかないようにするくらいの事は、してやれたかな?』
「ラジャさん…」
『レンは朝になってから屋敷に戻り、ヨウコに友人を庇っていると告白した。誰かは言えないが、盗んだのは自分ではないと』
「蓮が盗みなんか、するはずない」

 たとえどんな理由があっても。
 幼い蓮に起こった不幸な事態が、彼の優しさによるものなのだと知って、千歳は自分が言われたことを思い出す。
 人間関係は、相互理解だと。蓮の言葉はヒトに勘違いされやすい彼だからこそ、重い言葉だったのだ。

 深刻な顔で何か考えているらしい千歳の顔を、ラジャはゆっくり、驚かせないように覗き込む。

『もちろんだ。レンは他人の物に手を出すような子ではないよ』
「はい」
『しかしヒトは、様々な状況の中で、間違うこともある。その愚かさをワタシは、愛しいと思うのだけどね』

 暖かな笑みを浮かべて、ラジャは右手を千歳に差し出した。触れられた感覚はなかったが、そっと頬に手を当ててくれた、彼の優しさはちゃんと千歳に伝わっている。

『間違ったことをしたと、キミは思っているのかね?』

 嘘をついた虎臣を怒鳴り、拗ねた顔を叩いてしまった。
 そのときの自分を思い出して、千歳は顔を上げる。

「…間違ったことを言ったとは思っていません。でも、虎くんを叩いたことは、後悔しています」

 もっと他に、何か方法があったはずだ。
 まだまだ南国荘に慣れていない虎臣。ここで彼が頼るのは、自分だけ。
 ならば千歳はまず、どうして彼があんな嘘をついたのか、話を聞いてやらなければならなかった。

 悔しくて唇を噛む千歳に、ラジャは頷いて。だったら、といつもより深い声で言葉を紡ぐ。

『覚えていなさい』
「覚えて…?」
『そうだ。トラオミを叩いた、その手の痛みを。いまキミの中にある、後悔という名の苦しみを。ずっと、覚えていなさい』

 ラジャのしなやかな指で胸の辺りを指され、千歳は服の上から、きゅっとそこを掴んだ。

『忘れないでいれば、いつかまたトラオミが道を誤ったとき。キミはきっと思い出すよ』
「ラジャさん…」
『言って聞かない子は、叩かれても仕方ない。次に手を上げるときも、キミは同じ痛みを味わうだろう。それでも叩いて教えてやるのが、正しくヒトの道なのだと判断したとき、今度は後悔しないように』