千歳を開放する気もなく、蓮は携帯を取り出し、アラームをセットする。それをベッドサイドに放り出すと、枕を整え、千歳の身体を抱きなおした。
「寝るぞ」
「え、このまま?!」
広いベッドとはいえ、蓮の腕の中で眠るなんて、出来るはずがない。真っ赤になって首を振るが、蓮はすでに目を閉じてしまっている。
「放っておいたらお前、どうせ出発まで寝られないだろ」
「でも、この状態はちょっと…」
「嫌か?」
「嫌なんじゃなくてっ」
「ならもう、お前もここで寝ろ。その方が俺も安心する」
抱き枕でも抱くように、千歳の身体を自分にぴったりとくっつけて、蓮は深く息を吸い、ゆっくり吐き出した。
「あの…寝にくくない?」
「別に」
「えっと…じゃあ手を回しても、いい?」
「好きにしろ」
本当に眠そうな声。
身を捩って逃げ出したら、蓮の睡眠を妨げるから。
自分自身に適当な言い訳をして、千歳は蓮の腰の辺りに手を回し、逞しい胸に頭を押し付けた。
――うわ、鼓動が聞こえる…
ゆっくりと刻まれている、蓮の鼓動。自然に肩を抱き寄せられて、千歳は耳を澄ませるように目を閉じた。
こうしていると、自分の鼓動まで聞こえてくる。リズムの違う二つの音は、重なったり離れたり、気持ちいい。
「蓮…今日はありがと」
「…ああ」
「おやすみなさい」
「ん…おや、すみ…」
本当に限界だったのだろう。くっついていると蓮の息が深くなり、身体の力が抜けていくのもわかる。
――僕の方はドキドキして、寝られそうにないけどね…
でも蓮よりは睡眠時間も足りているし、体力にもまだ余裕がある。
寝られなくてもいい。
自分より少し高い蓮の体温に包まれている方が、幸せだ。
そうっと視線を上げれば、間近に蓮のきれいな顔。薄く開いた唇から寝息が聞こえてくる。
「蓮…?」
小さく呼びかける声に、答えはない。
千歳はおずおずと片手を伸ばし、蓮の頬に指先を触れさせた。
思えば蓮とは三年間、高校時代を共に過ごしただけだ。それより前の幼い日々も、離れていた十年間も、千歳は蓮がどんな毎日を生きていたのか知らない。
高校時代だって千歳が南国荘に近寄りたがらなかったから、会っていたのは学校と休みの日くらい。あの頃から蓮は家事に忙しく、平日の放課後はろくに遊んだ記憶もなかった。