残念そうに言う千歳が、肩を落としているのを見て。蓮は「待ってろ」と一声かけ立ち上がった。
とにかく先に洗濯物を、いつも置くリネン室へ運ぶ。一見すると生活感がなさそうに見える蓮だが、こういうのを放置できない性分らしい。
首をかしげて待っていると、蓮はすぐに戻ってきて、そのままキッチンへ入り千歳を呼んだ。
「なに?」
近づいてくる千歳の前で、蓮はストックの棚を開き、一本のビンを取り出す。
「何、それ?」
「砂糖」
「お砂糖?どうするの」
「これは調味料じゃなく、あいつら専用の特別な砂糖。いつもここに置いてある」
「うん」
「それから、これが…」
言いながら取り出したのは、透明な液体の入ったペットボトルだ。
「水」
「それも精霊さんたち用?」
「ああ。普通の水じゃダメなんだとさ」
「ふうん…」
何が始まるのかと、不思議そうに見ている千歳の前で、蓮は簡単な説明をしながら薄い砂糖水を作っている。
榕子に命じられて、いつも用意してあるこれらの道具は、材料も含めすべて精霊専用。ヒトよりも繊細な彼らのため、保管も洗い方も榕子から指示されているらしい。
「なんだか大変なんだね」
「もう慣れた。来いよ」
ショットグラスよりも小さい、砂糖水の入ったグラスを持って歩き出した蓮に、千歳もついていく。
窓際まで来た蓮は、手にしていたグラスを千歳に差し出した。
「どうするの?これ」
「お前には見えるんだろ。ここにいる奴のそばに置いてみな」
「うん」
千歳は隠れている精霊のそばに、言われた通りグラスを置いてみる。
そうっと顔を覗かせた鉢植えの彼は、何度か千歳とグラスを見比べて、躊躇いがちにそれを覗き込み、口をつけた。
「あ、飲んだ!飲んだよ蓮!」
「ああ」
「すごい、こんなこと出来るんだ!」
「好物なんだとさ。ただし程々にしておけよ?手間も金もかかりすぎる」
嬉しそうに見つめている千歳の、視線の先。蓮には少しずつ砂糖水が減っていっているようにしか見えない。
幼い頃、蓮は自分の周りにいる者たちへ何か出来ないかと、榕子に聞いたことがあった。見えないまでも、自分が彼らに守られていることは知っていたから。
これはその時に榕子から教えてもらった、感謝の方法。そこまで詳しく説明しなくても、千歳にはわかったらしい。
千歳は嬉しそうに自分を見上げて笑う精霊に、話しかけている。