「ありがとう。君があの花を取りに行ってくれたのは、ちゃんと見てたよ。今まで怖がってばかりでごめんね。これからは仲良くしてね」
言葉をわかってくれたのだろうか。小さな精霊は何度も頷いて、千歳の周りをくるくる飛び回っていた。
「あはは!嬉しそう!」
「良かったな」
「うん。この子とラジャさんだけは、いつも家の中にいるから。ずっと見てたんだ」
「ああ、らしいな」
「らしいって?」
「この鉢だけ貰い物なんだ。温室育ちで外に出せないと、榕子さんが言っていた」
「そっかあ…それで小さいのかな?」
今まで怯えるばかりだった千歳が、明るい表情で笑っている。
蓮はしばらく千歳を見つめていたが、急に肩を抱いて引き寄せると、驚く表情も構わず、唇を重ねた。
「んっ…ふ、ぁっ…んんっ」
最初驚いて手を上げたが、それを大きな手で掴まれ、唇の内側を舌先で舐められると、千歳は動けなくなってしまう。
キスなんて、出張のとき以来だ。
大慌てで戻った京都。詰め込んだスケジュールで忙しい日々だったが、最終日の夜にも、こうしていきなり蓮から口付けられた。
現地ライターの林(ハヤシ)と飲みに行って、楽しい時間にほろ酔いでホテルへ帰ってきて…部屋へ入った途端、いきなり。
そのままベッドへなだれ込みそうな勢いの蓮に、疲れているから、眠いから、酔っているからと駄々をこねた千歳は、かろうじてそれ以上の接触を回避したのだけど。
だって千歳はまだ、わだかまりを消せないのだ。
高校卒業の日、蓮に振られたこと。
意固地になっている自覚はある。でもあの日のことが解決できないと、千歳は前に進めない。
「やっ…やだ、蓮っ」
なんとか拒絶を口にした千歳を見て、蓮は溜息を吐きながら離れてくれた。
荒くなっている息を、ようやく整える。
はっとして見上げた千歳の視線の先。小さな精霊は驚いた顔になり、大慌てで鉢植えの影に隠れてしまった。
「っ…ご、ごめんね驚かせて!もう、隠れちゃったじゃないかっ」
なんだか子供に情事を見られた気分だ。
真っ赤になる千歳の前で、蓮が肩を竦めて見せる。
「お前があんな顔をするのが悪い」
「僕のせいだって言うの?!」
千歳は恥ずかしがって喚くが、あんな可愛い顔で笑っていたら、キスくらいされて当然だと、蓮は気にもしていない様子。
「そういえば、お前。まだリビングで夜遅くに仕事してんのか」
「え?」
急に話を変えられ、千歳は戸惑いながら頷いた。