「う、うん。虎くんが寝ちゃった後は…あんまり明るくしてるの、可哀想だし」
「だったら俺の仕事場使えよ」
「蓮の?」
「ああ。その方が集中できるだろ」
ついて来いと促され、千歳は火照る頬を押さえながら、蓮の後ろを歩く。
なんとなくだが、いきなりキスをしておいて、あっけらかんとしている蓮が、キスを日常化しようとしている気がして仕方ない。
――ムリだよ、そんなのっ!
精霊やラジャに慣れるどころの話じゃない。今でも心臓が、どきどきと大きな音を刻んでいる。
蓮が振り返らないのをいいことに、千歳が息を整えていると、蓮は千歳が入ったことのない部屋の前で立ち止まる。
「ここだ」
「…入っていいの?」
南国荘に引っ越してきて結構経つが、まだ一度も足を踏み入れていない。その部屋は、蓮の部屋の向かい側。
「別に隠してるわけじゃないさ」
「でも入ったことないし…」
「そうだったか?」
「そうだよ」
躊躇う千歳の前で、蓮が大きく扉を開いてくれた。
中にはカメラの機材や、大きな棚、パネル、パソコンなどが、几帳面な蓮の性格を現すように、整然と並んでいる。
「入れよ」
「うん…お邪魔します…」
誘われて中へ入ったものの、千歳はその場で足を止めてしまった。
蓮の写真が作品になる仕事場。
カメラマンの事務所やスタジオへは何度か行ったこともあるが、こんなにきれいに片付いているところは初めてだ。それに、無造作に置いてある蓮の写真が千歳を釘付けにしてしまう。
「こっちのデスクが空いてるから、使ったらどうだ?」
「………」
「奥のドアから向こうは暗室だ。あそこと機材には触らないでくれ」
「………」
「他は自由に使うといい」
呆然と部屋を見回している千歳を振り返り、蓮は苦笑いを浮かべた。
「千歳?」
「…ねえ、蓮」
「どうした」
「お願いがあるんだけど」
「何だ」
「蓮が大学のときに賞を取ったっていう写真、ここにある?」
じっと蓮を見つめる千歳の瞳が、潤んで濡れている。
蓮は黙って部屋を横切ると、棚の引き出しを開けて、大きなサイズの写真を一枚引っ張り出した。
「パネルは展示の後、大学に引き取ってもらったから、ここにはないけどな」
渡された写真に視線を落とす。
千歳は涙が溢れてくるのを感じて、唇を噛みしめた。