その写真のタイトルは、編集長の岩橋(イワハシ)から聞いて知っていた。
孤独、と名づけられた作品。
きっと蓮のことだから、夕暮れや夜明けのような「合間」の時間なのだと思っていた。自然界が表情を変える、その一瞬。プロカメラマンとしてRenが残している傑作には、そういうものが多い。
しかし千歳の予想を裏切って、写真が捉えているのは大都会。しかも昼間の太陽に照らされた情景だ。
街を行く人々。騒がしい日常。
なのに誰もこちらを見ていない。カメラを抱え、そこに立っていたはずの蓮を、誰一人振り返らない。
千歳が大学に入り、理子(リコ)や理子の祖母に会うまで陥っていた、大都会の中にある孤独な空間。
見た瞬間から、涙が止まらなかった。
気付くと写真を抱きしめて泣いていた。
そうしたら蓮が「やるよ、それ」と囁いてくれて。
夜も深くなった今、千歳は蓮に貸し与えられたデスクに座ったまま、一人で飽きもせず、写真を眺めている。
『チトセ』
呼びかけられて振り返ると、穏やかな表情でラジャが後ろに浮いていた。
「ラジャさん…」
『チトセの様子がおかしいと、レンが心配していたよ。その写真が原因なのかい?』
「…すいません」
ふわふわした声。
ようやく泣き止んだ後、夕食のときも虎臣に話しかけられているときも、千歳はこんな風に上の空だった。
『レンが撮ったものだね』
「ご存知なんですか?」
『ああ。何かショウというものを貰ったのだろう?ヨウコが随分喜んでいたから、覚えているよ』
「…これ、僕が大学の頃に住んでいた下宿の、すぐそばなんです」
『そうか』
「蓮、こんなそばまで来てたんだ…」
十年待っていた。蓮はそう言っていた。
千歳には意味がわからなかった。離れていた十年、蓮は一度も自分に連絡をくれなかったから。
下宿先の住所を蓮に知らせず、逃げるように地元を離れたのは千歳だ。蓮から連絡を取ることは難しい。ただ、千歳の入学した大学がどこか知っていれば、学校へ来るのは容易なことだ。
しかしこの写真は、大学よりも下宿に近い場所で撮られている。
二人は南国荘で再会するまで、一度も会わなかったけど。こんなそばまで蓮が来ていたのなら。
「もしかして…蓮の方は、僕のこと見に来てくれてたのかな…」
千歳はけして蓮と会えそうな場所へ足を向けなかった。でも、もしかしたら。