俯きがちに零す千歳の言葉を聞いて、ラジャが苦笑いを浮かべる。
『そうらしいね』
「え?」
『ヨウコに聞いたんだが、レンはこの十年、ずっとキミを見守っていたそうだよ』
想像もしなかった言葉に、千歳が目を見開いている。
「そ、んな…まさかっ」
『自分で言ったというから、本当だろう』
「だって!」
『レンはキミが結婚したときも、キミが今の仕事を始めたときも、ずっとそばにいたそうだ』
唇が震えて、声が出ない。
そうだ、編集部で初めて打ち合わせをしたとき。蓮は自分が独り身だと言った後、千歳が結婚したことを「知っている」と、冷たく言い放った。
再会した日も、この十年の蓮を少しも知らなかった千歳に、不機嫌そうな顔をして見せた。
俺のことなんか忘れていたんだろ、と怒鳴った蓮。
十年待っていた、と苦しげに叫んだ蓮。
再会してからの蓮の言葉が、千歳の中に蘇ってくる。
両手を握り締めて泣き出した千歳を、ラジャが心配そうに見つめていた。
『チトセ…』
「だって、蓮…僕を振ったのに」
『振った?』
「ずっと一緒にいたいって言ったら、僕がそんなこと言うと思わなかったって」
『………』
「僕は告白なんかしなければ良かったって、すごく後悔したのにっ」
――まさかお前が、そんなことを言うとは思わなかった…
今でもはっきり覚えている。失恋した高校の卒業式。振り返りもせずにそう言われて、千歳は泣きながら駆け出した。
ぼろぼろ涙を零す千歳の言葉に、ラジャが首をかしげる。ずっとこの屋敷で蓮を見守っていた彼には、とうてい信じられない話だ。
なぜなら蓮はいつだって、千歳のことばかり考えていた。この仕事場に、何枚も何枚も千歳の写真が保存してあることを、ラジャは知っている。
『なあ、チトセ…それは本当に、拒絶の言葉だったのかい?』
「だって、確かに」
『ふむ。そんなことを言うと思わなかったと、レンはそう言ったのかな?』
「…はい」
『他には?』
「え?」
『だから、他の言葉は?』
「他って言われても…」
思い出してみる。記憶に焼きついた、あの時の情景。
使われていない温室を見つめていた蓮。
ずっと一緒にいて。そう告白した千歳に彼は、あの時何と言った?
「最初に、まいったな、って言って。それから…まさかお前がそんなことを言うとは思わなかった、って…」
『それだけかい?』
「…そうです」