『自分にとってチトセはただのトモダチでしかないとか、告白なんかするなとか。レンは言わなかったんだね?』
確認されて、千歳は首を振る。
もしかしたら自分が逃げ出した後で、そんなことを言っていたかもしれないけど。千歳は聞いていない。
思案げに腕を組んでいるラジャは、どうにも納得のいかない様子だ。
「ラジャさん?」
『それだけでは、拒絶と言えないのではないか?』
「でも蓮は、振り返っても、くれなかったし…それに…」
『何だね』
「声が…とても、冷たくて…」
普段から感情を表に現すことが少ない蓮だけど。あの時はいつも以上に、抑揚のない声が固く聞こえた。
どんなときも蓮の気持ちを、理解していられた千歳だから。彼の拒絶を読み取ったのに。
過去を思い出して震える千歳を眺め、すうっと目を細めたラジャは、小さな物音に扉の方を見る。
あれは蓮の足音だ。
千歳はまだ気付いていない。
何かを考えながら天井を見上げ、ラジャは大きく頷いた。
「ラジャさん?」
『このままでは、嫌なんだろう?』
「このままって…」
『キミはその時の悲しみを、乗り越えられないのだろう?だから今のレンを、ちゃんと受け入れてやることが出来ない』
まるで蓮のキスから逃げ出しているところを、見ていたかのようなラジャの言葉。
かあっと赤くなった千歳に笑いかけ、ラジャは流れるように移動すると、自分の身体を千歳に重ね合わせてしまう。
「ちょ、え?ラジャさんっ」
『さすがにいつまでも、このままというのは…レンもキミも、救われまい』
その言葉の意味を、千歳が理解するより前に。外側から扉が何度か叩かれ、応えようとした千歳は、自分の身体が少しも動かないことを知った。
――か、身体が…
「ああ、やはりキミなら大丈夫そうだ」
喋っているのは千歳の声。
でも千歳はけして声など上げていない。
「少し借りるよ」
――借りるって…まさか、ラジャさん!
「キミたちに任せておいたら、いつまでも埒が明かないだろう?」
千歳を諭す言葉は、千歳自身の声だ。
しかしやはり千歳には、言葉を発している自覚などない。
仕事部屋のドアノブが、外からゆっくり回った。
「千歳?」
扉を開けながら、蓮が声をかけている。
少しも動けず声も出せないはずの、千歳の身体。だが扉を振り返ったのは、いつもより落ち着いた表情の、千歳自身だった。