いつまでも仕事部屋に篭ったままの千歳を心配し、様子を見に来た蓮は、自分を見上げている千歳に違和感を感じた。
どこがとは、説明出来ない。
ただ、何かが違う。
「千歳?どうかしたか」
「聞きたいことがある」
間違いなく千歳の声なのに、何かが少し違っている。
座ったまま蓮を見上げる、穏やかな瞳の色。造作は少しも変わらないのに、今の千歳はいつもより静かで、いつもより大きく見えるように思った。
不審げに眉を寄せた蓮に笑いかけ、千歳はゆっくり立ち上がる。
「千歳…」
「高校の卒業式を、覚えているかな」
「…ああ」
蓮の表情からは不信感が消えていない。しかし今まで一度も、お互い話題に出来なかったことを聞かれて、蓮は素直に頷いている。
「レン、あの時はどうして、ボクを振り返らなかった?」
「………」
「キミの言葉の真意は、何だったんだ?」
探るように見つめる蓮は、その言葉が千歳のものではないと確信した。あの怖がりの千歳が、こんな風に落ち着いて、今まで一度も口に出せずにいた問いかけをするはずがない。
黙ってじっと見つめる蓮のきつい視線。柔らかく受け止める瞳の色を、知っている気がして…蓮ははっと息を呑んだ。
知っている。
いや、知っているつもりだ。
幼い頃からずっと感じていた、暖かい視線。見守られていた柔らかな空気。
「…アンタ、そんなことも出来たのか」
頭を押さえて零した蓮の言葉に、千歳のカタチを借りた者は、にこりと微笑んだ。
「おや、もうわかってしまったのか」
「当たり前だ」
榕子が夫だと言って聞かない、蓮には見えない存在。
この南国荘の住人。
「ラジャ…」
生まれたときから見守っていたのに、いま初めて相対し、名前を呼んでくれた愛しい子。ラジャは蓮を優しく見つめる。
「言葉を交わすのは初めてだね、レン」
「…ああ」
「誰にでも出来るわけじゃないよ。チトセだから、かな」
「千歳に影響はないんだろうな」
「もちろんだ。チトセは我々の話を聞いているがね」
「そうか」
ほっと息を吐いている。
いつも冷静なくせに、千歳のこととなると、つい牙を剥いてしまう蓮。ラジャは千歳のカタチのまま、くすくす笑った。
「あまりに悩むチトセが、可哀相でね。少し力を貸してやりたかったんだが…そうかそうか。すぐにわかってしまったか」
嬉しそうなラジャを見つめ、蓮は不機嫌そうに眉を寄せる。