「とっとと千歳の中から出て行け」
「おや。初めて会えたというのに、喜んではくれないのかい?」
「…初めてじゃないだろ」
「うん?」
「アンタはいつだって、この屋敷にいるじゃないか」
「レン…」
「見えていなくても、アンタの存在を疑ったことはない」
幼い頃から榕子と二人でこの屋敷に住んでいた。>自分には見えないものへ平然と話しかける母に、反感を抱かなかったことがないとは言わない。しかし蓮は、一度も榕子の言葉を疑ったりはなしなかった。
――ラジャはここにいるの。
榕子はいつだって迷いのない顔で言う。
――蓮ちゃんのことは、ラジャも見守ってくれているから。
母がそう言うなら、きっとその通りなのだ。
いつまでも少女めいていて、お嬢さん育ちの母は、家事に向かない手のかかる人。しかし蓮は彼女を愛し、尊敬している。
むすっとした顔で言ってのける蓮に、ラジャは千歳の姿を借りたまま、ゆっくり目を閉じる。
口元にはとても幸せそうな笑みが浮かんでいた。
「…そうだったね」
「ああ」
「余計なことをしてしまったようだ」
「その通りだ」
「しかしね、レン。チトセが苦しんでいるのは本当なんだよ。キミの言葉に囚われ、身動き出来ないでいる。この子を愛しいと思うなら、キミが解決してあげなさい」
「………」
「声が聞こえなくても姿が見えなくても、伝わることはあるだろう。だが言葉があるからこそヒトは、わかり合えるんだ」
わかるね?と、真剣な顔で説くラジャに蓮は、苛立たしそうな表情で頭を掻いていた。
「レン?」
「だから!そういうことは、千歳に話せばいいことだろう?!」
「…確かに」
「アンタの言いたいことはもうわかったから、とっとと千歳を返せっ」
こんな風に、蓮から反発されたのは初めてだ。そうまるで、本物の親子のように。
むきになって言い張る蓮の言葉をおかしそうに笑うラジャは、すうっと千歳の身体から離れていった。
ようやく身体が動くとわかった千歳が、とにかく真っ赤になったのは言うまでもない。
「れ、蓮っ」
「ああ」
「違っ、い、今のは、僕じゃなくてっ」
「わかってる」
「ほんとに、急に、だから、ラジャさんが今のはっ」
「しつこい。わかってるよ」
足早に千歳の元へ歩み寄った蓮は、自分よりずいぶん華奢な身体を抱きしめる。
わたわたと焦っていた千歳も、振り回していた手を止めた。