【蓮×千歳J】 P:03


「僕だって、同じ様なものだった」
「そうか」
「授業は出てたけど…学校と下宿の往復しかしてなかった。他に何をするのも、イヤだったんだ」

 下宿の隣に住む、大家が声をかけてくれなかったら、今でもあのまま腐り続けていたかもしれない。
 千歳の言葉を聞きながら、蓮はまた一枚の写真を取り出して、千歳に渡す。

「これ…僕の下宿?」
「ああ」
「来てたのっ?!」
「諦め悪いだろ」

 写っていたのは確かに、千歳が暮らしていた下宿だ。呆然として写真を見ている千歳の前で、蓮は肩を竦める。

「結局俺は、お前を諦められなかった」
「そんな…だったら!」
「お前を探すのに、結構時間がかかったんだ。大学には何度か足を運んだけど、お前とは会えなかったしな」
「蓮…」
「四回生の時だ。やっと下宿の場所を探し当てて、どうやって謝るか考えながらそこへ行った。三年以上経ってるのに、千歳は今でも一人なんじゃないかと、勝手に期待していたことは認める」
「一人だったよ!」
「一人じゃないだろ」
「でも!」
「わからないか?…桜が咲いてるだろ、それ」

 確かに写真には、大家が丹精込めて育てていた美しい桜が写りこんでいる。

「俺がお前を訪ねたのは、ちょうど入学式の日だったんだ…虎臣(トラオミ)の小学校の」
「あ…!」
「お前と嫁さんが、虎臣の手を引いて一緒に出てきたとき、居合わせた。すげえタイミングだろ」

 千歳がさあっと青ざめている。
 その時のことは鮮明に覚えていた。
 確かに虎臣の入学式、理子にプレゼントされたスーツを着た千歳は、二人と一緒に近くの小学校へ行った。

「さすがに唖然として、声なんかかけられなかった」
「蓮、でも…っ」
「そうだな。今にして思えば、偶然のフリでも友達の顔でも、何でもいいから声をかけるべきだった。でも俺には出来なくて…その帰りに、あの写真を撮ったんだ」
「あの、写真って…?」
「お前に昼間やった写真だよ。学校から何か応募しろって強制されて、仕方なく送ったんだ。…まさかあんなものが、入選するとは思わなかったけどな」

 蓮は溜息混じりに零していた。
 「孤独」と名づけた、大都会の冷たいワンシーン。
 苦笑いを浮かべている蓮にとって、あの写真はすばらしくも美しくもない。幼稚な己のワガママが、無様に写りこんだ出来損ないだ。

「あの時俺は、もう千歳を取り戻せないんだと、痛いくらい実感した」
「そんなこと…言わないで…」
「昔の話だ」
「蓮…」