南国荘の朝はほとんどパン食だ。ここに来る前、東家でも同じだった。千歳は別に不満を感じていないし、わざわざ蓮にそんな要求をした覚えはない。
「?…僕、そんなこと言ったっけ?」
「ああ」
「いつ?」
「昨日。してる最中に」
きょとん、となりながら千歳は服を受け取って。やっぱり真っ赤になっていく。
思い出した。
意地悪な蓮に少しでも対抗しようと、こんなことするなら、明日の朝ごはんは用意に時間のかかる魚にじゃなきゃイヤだとか、味噌汁が飲みたいとか、わけのわからないワガママを、確かに言った。
耳まで赤くなって、布団に顔を伏せた千歳の上から、蓮の笑い声が降ってくる。
「寝直すなよ」
「寝ませんっ」
「シャワーでも浴びて、その色っぽい顔をなんとかしてから出て来い」
ウチには思春期の中学生がいるんだからな、と今更なことを言われた千歳は、そばにあった枕を掴み、投げつける。しかしもう、蓮は部屋を出た後だ。
「信じらんないっ!誰のせいだよ!!」
起き抜けで抵抗できない相手を、散々弄んだくせに、勝手なことばかり。
しかし、喚いてばかりもいられない。
仕方なくベッドを降りた千歳は、蓮の部屋に預けてあるスーツを手に、一階の浴室へ行こうとして、ふいに壁掛けの時計を振り返った。
まだまだ余裕のある時間。
こうなるつもりで、早く起こしに来た蓮の周到さを知り、次こそは自分で起きようと。千歳は今朝もまた、何度目かの誓いを立てていた。