目覚めてすぐ蓮に弄ばれ、火照った身体をシャワーで流し、昨日つけられた痕に一人で赤くなって。鏡の中の自分が、なんとか普段どおりの顔になったのを確かめ、千歳は浴室を出る。
しかしその足取りは重い。
蓮の隣で眠るのは、やっぱり幸せだと思っているし、どんな意地悪をされても蓮が好きだと思う気持ちは、少しも変わらないけど。
だからこそ、蓮の部屋で目を覚ました翌朝は、少し憂鬱だ。
「おはよう、ちーちゃん」
『チトセ、おはよう』
リビングに入ってすぐ、ダイニングテーブルの方から声をかけられる。千歳はやっとの思いで冷静さを取り戻した頬を、わずかに染めて頭を下げた。
「おはよう…ございます」
何度経験しても、この気恥ずかしさは耐えがたい。
にこにこ笑いながら千歳を見ている、蓮の母、榕子(ヨウコ)。隣にラジャの姿も。
一夜を共にした相手の両親と、翌朝の食卓を囲むなんて。このいたたまれなさと言ったら。
もう何度目かになるが、千歳は毎回どうしていいかわからず立ち竦んでしまう。しかしさっきまで千歳を翻弄していた蓮といえば、いたって平然とした顔だ。
何事もなかったかのように、キッチンで振り返っている。
「早く来いよ」
「う、うん」
ネクタイを直しながら、ぎくしゃくとダイニングテーブルに近寄り、自分の椅子に上着とカバンを置く。千歳を待っている蓮に、二人きりでいるときの意地悪な表情は窺えない。
ずーっと無表情だと思っていたが、最近になってやっと、千歳はこういう蓮みたいな男を何と呼ぶのかわかった。
無表情なんじゃない。
こういうのは面の皮が厚いというのだ。
「ほら」
「ありがと」
受け取るのは、柔らかい布と小ぶりなジョーロ。二つを手にして、庭へ続く窓辺へ歩いていく。そこへ置かれた小さな観葉植物の手入れが、最近では千歳の日課になっていた。
「おはよう。今日もきれいだね」
いつも鉢の陰に隠れている精霊は、千歳が近づくと飛び出してきて、嬉しそうに笑ってくれる。土の状態を見ながら少し水をやり、葉を拭いてやるのだ。
「ほんと、ちーちゃんは最近、その子と仲良しね」
イスに座ったまま千歳を振り返る榕子の隣から、すいっと流れるようにラジャがこちらへやって来た。
ここの精霊たちの頂点に立っているというラジャ。
彼がそばへ来ると、鉢植えの精霊はいつも緊張した面持ちで両手の平を合わせ、何度も頭を下げている。
「植物の手入れなんて、今までしたことなかったから…ちゃんと出来てるかどうか、不安なんですけど」