「ボクは、いきなり上から乗っかってきて顔に布団を押し付けるから、窒息しそうになったって言おうとしたんだけどね。寝てる時にやられると、ホントに苦しいんだから」
「そ、そう」
「…千歳さんは何されてんの?」
「いや、だから、あの…」
恥ずかしそうに俯いている千歳が、言葉に窮しているのを見て、虎臣はわざとらしいくらい大きな溜息を吐いた。
諦めたとはいえ、初恋の人が朝っぱらから何をされているかなんて、わざわざ話されたくもないし、聞かなくても想像に難くない。
虎臣は一旦追求をやめ、目の前の朝食に手を合わせた。
「いただきます」
「残すなよ」
「…アンタもね」
意味深に言い放つ虎臣の真意が伝わったのだろう。蓮は嫌味なくらい整った口元を吊り上げた。
「当たり前だろ。残さねえよ」
「ふうん…美味しくいただかれちゃってるんだ、千歳さん」
「虎くんっ」
「何?」
「な、何って…」
「いいじゃん、そんな赤くならなくても。いまさらでしょ」
確かに今更だが、朝からする話でもないはずだ。咎めるべきか、言い訳するべきなのか。父として先輩のラジャに聞いてみたいものだが、さすがに恥ずかしくて今は顔を上げられない。
「虎ちゃん、あんまりイジメちゃダメよ」
「だってさあ」
「新婚さんなんだから。そっとしておいてあげなさい」
「はあい」
――し、新婚って!新婚?!
いたたまれないにもほどがある。
まったく顔が上げられない千歳の耳に、新たな声が飛び込んできた。
「蓮さん…コーヒー淹れて…」
ふらふらリビングに現れたのは、この時間にはめったに起きてこない蓮のイトコ、伶志(レイシ)だ。
「あら伶ちゃん、今日は早いのね」
「早くないよ〜寝てないもん」
ぐったりした声に、千歳もおずおず顔を上げる。伶志は目の下を真っ黒にして、こちらへ歩いていた。いつも一緒の雷馳(ライチ)は寝ているのか、そばにいない様子。
ご所望のコーヒーをいれてやりながら、蓮が声をかけている。
「終わったのか」
「なんとかね〜…あ、味噌汁だ」
テーブルに並ぶ食事を見て、伶志はぱあっと顔を輝かせる。
「うそ、朝メシ和食?!珍しっ」
「食うか?」
「味噌汁だけ飲みたい。雷馳も呼んでやろうかな」
うきうきと内線をかけるために、伶志が電話に手を伸ばしたとき、ちょうどそれが鳴った。
「はい、葛です。あ、久しぶり〜!ボクは伶志の方。うん、元気元気。そっちは?…うん、うん、そっかあ。ああ、そうだ。こないだありがと」
電話に出た伶志が、楽しげに話しているのを見て、知り合いからの電話かと千歳は食べかけの朝食に視線を戻した。