食事を残すな、という蓮の厳命は、何も虎臣だけに向けられるものじゃない。食の細い千歳だって時々言われる。
残っていた焼き魚と白飯を片付けて、味噌汁の椀を空けたとき、知り合いと電話中だったはずの伶志が、千歳を呼んだ。
「千歳さ〜ん、電話だよ〜」
「え、僕に?」
伶志と千歳に共通の知り合いなどいただろうか?
首をかしげる千歳が立ち上がり、電話を受け取りにいくと、にやにや笑う伶志が子機を渡しながら「奥さんから」と囁いた。
「奥さんって…」
「理子(リコ)さんだよ」
「…ええっ!なんで伶くん、理子さんのこと知ってるの?!」
「知ってるよ〜。ボクはもちろん、南国荘の住人はみんな知ってるし」
「み、みんなって…どういうこと?!」
驚愕の発言に千歳が目を白黒させていると、面白がって笑いながら、伶志は電話を指さした。
「早く出なきゃ。国際電話なんだから」
「あ、ああ、うん」
言われるままに電話を耳に押し当てる。伶志は「雷馳呼んでくるね〜」と手をひらひらさせて離れていった。
『千歳?』
聞こえた声は、確かにイタリアにいる理子のものだ。
「理子さん…どうして」
『どうしてじゃないでしょ。千歳、何か私に言うことがあるんじゃない?』
苛立っているというか、不満そうに聞こえる理子の声。電話とはいえ、理子と話すのは随分久しぶりだ。
確かに話したいことならたくさんあるが、すでに軽いパニックを起こしてる千歳には、理子の意図が掴めない。
「何かって言われても…ちょっと待って、頭がついていかない。理子さん、伶くんのこと知ってるの?」
『ええ』
「まさか、雷くんや榕子さんのことも?」
『当たり前でしょ。そんなことはいいから千歳、私に言うことは?』
「えっと…」
すでに何かを知っていて、理子がそれを千歳の口から直接聞きたがっているのはわかる。しかし千歳にはこの南国荘へ来てからというもの、色々ありすぎて何から話せばいいかわからない。
ふと思い出したのは、虎臣のことだ。
千歳は思わず彼を叩いてしまった話を、まだ理子にしていなかった。
「うん、ごめん」
『謝ってる場合?』
「すぐに電話しようと思ってたんだけど」
『そうね』
「虎くんの、ことだよね」
彼を叱ったことは正しかったと思う。でも怒りに任せて頬を叩いたのは、やりすぎだった。
しかし電話の向こうで、理子は溜息を吐いている。
『トラが馬鹿な嘘をついて、千歳の叱られたことを言ってるの?そんなことでわざわざ、電話なんかしないわよ』
「…え?」
『その件も知ってるけど、私に言わなきゃいけないのは、違うことでしょ』