「お断りだ。俺にも生活があるんだぞ。日本とギリシャの往復だけで、いくらかかると思ってんだ。おまけに咲良は、留学してえとか言いやがるし」
「奥様がよく許されましたね」
「そうでもないさ。こっち来る時、空港でも泣いて泣いて大変だったよ。俺だけでも早く帰ってやらねえと、離婚されそうだ」
二人が家からいなくなるなんて耐えられない!とアテネ空港で随分泣いていたママは、付き添いの友達がいなかったら、日本までついて来ていたかもしれない。
肩を竦めるボクとジンに、レンが苦笑いを浮かべてる。
「お前の方はどうなんだ?お袋さん、元気にしてるか」
「相変わらずですよ」
「お前が旅行雑誌で連載を持ったと聞いたとき、お袋さんのことが一番気にかかったんだ。家の方はどうしてる?」
「今はイトコや友人たちが一緒に暮らしているので、随分楽になりました」
「そうか…それは良かった。親孝行なのはありがたいが、お前の才能を潰すんじゃないかと、お袋さん随分気にしてたからな」
「母とそんな話を?」
「まあな」
頷いてお酒を呷ったジンは、レンに注いでもらいながらボクの方を向いた。
「こいつのお袋さん、息子からは想像できねえほど可愛い女性なんだぜ」
「ジン、会ったコトがアルノ?」
「ああ。一時期こっちで仕事する間、蓮の家に厄介になってたんだ。なんだったか…南国荘(ナンゴクソウ)、だったか?」
「はい」
「雰囲気のある、大きな屋敷でな。こいつそこの管理を、一人でやってんだ」
「…大きなヤシキ…」
不意に浮かんだ理想郷。ボクは自分の目が輝いたのがわかった。
「料理も掃除も洗濯もだぞ。これがまた、こいつの料理の腕は天下一品でなあ…どこへ嫁に出しても恥ずかしくないと、お袋さんまで言いだすくらいで」
「やめて下さい、陣さん」
慌てて話を止めようとするレンに構わず、ボクは身を乗り出した。
「ジン、ボクもヤッカイになりタイ!」
「…は?」
「ナンゴクソウ?レンの家。ボクもそこに住みタイ!」
驚いて目を見開いたレン。そんな顔もするんだね。
もっといろんな顔を見せて欲しい。そのためにレンの家に住むと言うのは、我ながら素晴らしいアイデアだ。
「レンのイトコやトモダチも、一緒に住んでるんダヨネ?ボクまだ住むトコ決めてナイし、レンが一緒ならウレシイし。ジンも安心するデショ」
ね?と笑うボクを見つめ、レンは困った顔になったけど。ジンは腕を組んで「なるほどな」と呟いた。