「いいか咲良、絶対蓮に迷惑かけるんじゃねえぞ」
「ワカッテルってばジン。ほら、ハヤク行かないと!ギリシャでママが待ってるヨ!」
「ったくお前は…」
「じゃあね、一週間で帰るから。ママにヨロシク!」
南国荘へは自分も一緒に挨拶に行く、と、昨日どころか今日になってまで言っていたジンを、空港で見送る。
本当は朝早い便にしてもらおうと思ってたんだけど、残念ながら空席が無くて、ジンが乗った飛行機は、夕方5時の便。
一人になったボクは、予定の日に帰国しない息子を心配するママのことも、まだ飛行機の中で文句言ってそうなジンのことも忘れ、跳ねるような足取りで歩き出した。
あの日、結局蓮はボクが一緒に住むことを許してくれたんだ。
ものすごーく困ってて、渋々って感じだったけど。ジンの頼みだから、諦めてくれたみたい。
その点では、ジンに感謝かな。
でもそうと決まれば、悪いけどジンは邪魔なだけ。
すぐに一週間の日本滞在延期を決めたボクは、ジンをギリシャに帰し、一人で南国荘を見に行くことにした。
荷物のほとんどをジンに預け、身軽になったボクは、肩にかけた鞄を持ち直し、さっそく空港からレンに住所を教えてもらった、南国荘へ向かう。
日本なのに南国なんて、どんなところなんだろう?あの日からずっと、ワクワクが止まらないんだ。
そこがどんなところでも、レンがいるならボクにとって、楽園に違いないよね。
師匠であるジンがいなくなったら、レンはどんな風になるんだろう?
ジンの前ではとても丁寧に言葉を紡いでいたレン。でもボクだけになったら「とりあえず連絡先、渡しといてやるよ」って、ちょっとくだけた感じになった。
メモを書くのに伏せた視線が、なんだか色っぽくてね。そんな彼を見てからというもの、ボクはどうやってレンを口説こうか、そればっかり考えてる。
駅の人に住所を見せ、どこまで乗るのか教えてもらったり、どれくらい時間がかかるか聞いてみたり。
日本に来て知ったけど、ボクが話しかけるとみんな、最初はびっくりした顔になるんだね。それから焦りを浮かべて「I can not speak English」って、けっこう流暢に言うんだ。ちゃんと英語喋れてるじゃない、って思ってしまう。日本の学校では、それだけ教えるの?
駅員さんや警察官の人は、迷惑そうだけど仕事だから逃げられないみたい。でも街を歩いている人は、大抵ボクと目が合うと逃げてしまう。
なんだか寂しいな。
ギリシャだと、迷ってる観光客なんか取り囲まれることもあるんだよ。自分が教えてやる!って。ただみんな好き勝手に違うことを言ったりするから、余計に迷わせてしまうんだけどね。