「相手のことキミってね。どういう意味で使ってるのか知らないけど、日本じゃかなり失礼だよ」
「え…でもボク大人、キミ子供デショ」
「誰が子供だ。降りろガキ」
彼の本気を悟ったボクは、慌てて「ゴメンナサイ」と謝った。
だってまさか。どう見ても未成年だと思ったのに。
「ゴメンネ、ゴメンナサイ」
「まったく」
溜め息を吐いて、じろりとボクを見た綺麗な人は、しばらくして苦笑いを浮かべた。ボクの姿を眺めて、可笑しそうにしてる。
機嫌、直ったのかな?
「葛家はうちのお客さんだから、友達っていうのとはちょっと違うね」
言いながら、車をスタートさせた。
声をかけてくれたときと同じ、彼の笑顔はどこか少し不自然だ。くるりと後ろを向いてみると、座席を外して荷台にしてあるそこには、たくさんの鉢植えが乗っていた。
「オハナヤサン?」
「なんだって?」
「ええと…アントス、フラワー。ダカラ…Florists?」
「ああ。お花屋さん、って言いたかったのか」
「ソウ言ったヨ」
「あれじゃ聞き取れないよ。もう一回言ってみたら?」
ハンドルを操りながら、手厳しく直されてしまう。日本語は読むのも聞くのも得意だけど、やっぱり発音が変なのかな。
彼の言葉を思い出しながら、注意深くもう一度繰り返してみた。
「おハナヤさん」
「違う、お花屋さん」
「お…おはなやさん」
「よく出来ました。そして、正解。南国荘の近くで、花屋をやってるんだ」
貼り付いたようだった笑顔の中、目元が少し優しくなる。本当に綺麗な人。ボクが日本人に惹かれるのは、やっぱりジンが日本人だから?
もちろんギリシャに置いてきた恋人たちのことも、ちゃんと愛していたけどね。
「さて、着いたよ。降りて」
車が停まり、促されるまま降りて、ボクは目の前の光景に目を丸くする。
なんて緑!
「スゴイ!ステキな家だネ!」
「…そう?ちょっとやりすぎ感もあると思うけど。まあここは、仕方ないしね」
「おはなやさんは降りナイの?」
「帰るとこだって言ったでしょ」
「ザンネン」
心からそう思って、彼を振り返る。もっと話したかったのにな。
そうしたら彼は、また目を細めて笑ってくれた。
「今日は用がないけど、出入りしてるからそのうち会うことがあるかも」
「ワカッタ、楽しみにシテル。本当にアリガトウ」
「どういたしまして」
親切なお花屋さんの車が去っていくのを見送って、ボクは改めて南国荘を見た。
生まれ育ったギリシャの乾いた緑とも、ジンに連れられて歩いた日本の深い緑とも違う。庭を埋め尽くしているのは、情熱的な濃い緑の植物たち。