「そうなんですけど、色々とその…お金が必要で」
使い果たしてしまったんだと呟いた情けないぼくに、東さんはため息を吐いた。
呆れさせてしまったのかな……お金を使い込んだなんて、今度こそ怒ってるかもしれない。
ぼくは身体を小さくして、叱咤されるのを待っていたけど。やっぱり東さんから、責めるような言葉は出てこない。
コーヒーが運ばれてきて、東さんはそれにゆっくり口をつけて。怒る代わりに、優しい感じの苦笑いを浮かべた。
「何か、あったんだね」
「え?」
「二宮くんがケガの治療費を使い込むなんて、よっぽどのことがあったんでしょ?僕は君が真面目で義理堅い子だって、知ってるよ」
「東さん…」
「話してごらん?一人で抱えていたって、何も解決しないんだから」
僕で役に立つかはわからないけどね、って。微笑む東さんは、とても温かい視線でぼくを見ていた。
その優しい顔に励まされ、ぼくは躊躇いがちに口を開いた。
タイミングが悪いというより、ぼくの要領が悪いんだろう。何もかも、事前にわかっていたことなんだから。
住んでいたアパートが取り壊されるってことは、二ヶ月も前に聞かされていた。光熱費や携帯電話の代金も、毎月振り込まなきゃいけない日はわかっていたはず。
でもぼくがようやくそのことを思い出したのは、肩を痛めた当日だった。
手元には編集部で渡された、見舞金しかなくて。わずかに貯めていたお金と、その見舞金で支払いを済ませ、身の回りを整理してアパートを出たとき。
ぼくには解約して使えない携帯と、一万円札が一枚残っただけ。
住むところを失い、途方に暮れていたぼくは、バイトまでクビになってしまった。
こんな情けない話、本当は誰にも聞かせたくなかったけど。でも辛抱強い東さんに、穏やかな口調でゆっくり話を促されているうち、とうとう最後まで話してしまった。
全てを聞いた東さんは、驚いた顔をして。それから、きゅっと眉を寄せる。
「じゃあ、今はどこに寝泊りしてるの?」
「…ネットカフェとか…たまに、駅とか…」
「こんなの寒い時期に、まだケガも治ってない状態で君は…誰かに相談しようと思わなかった?」
「あの…ぼく、こっちに知り合いがいないので…」
「…二宮くん、僕のことは思い出さなかった?」
そう言われて顔を上げたぼくは、心配そうな東さんの視線にぶつかって、すいませんと言いながら頭を下げた。
何かあったらいつでも相談においで、と。東さんは転属したあとも、一緒に謝りに行ってくれた日でさえ、そう言ってくれたのに。