でも悪いのは、ぼくだ。もうこれ以上、誰にも迷惑はかけられない。かけたくないんだ。
誰かに迷惑そうな顔をされるのは、辛いから……。
「そんな状況になってまで君は、ご実家に連絡しようと思わないんだね」
黙っているぼくに、東さんがぽつりとそう零した。
面接のとき、実家には戻れないから、東京でなんとか仕事を見つけたいんだと言ったことを、ちゃんと覚えていてくれたんだろう。
そう、確かにぼくは、もういい加減自分の愚かさに見切りをつけて、実家に戻るか、せめて連絡を取った方がいいのかもしれない。普通の人ならきっと、そうするんだと思う。
でも、出来ないんだ。
それだけは、どうしても。
助けてほしいなんて連絡したら、すぐ連れ戻されてしまうに違いない。忙しい両親に代わって、ぼくを迎えにくるのは、きっと……あの人だ。
思い出すだけでも、恐怖で身が震える。首を振って脳裏に浮かんだ姿を追いやりながら、それだけはできないのだと、東さんに謝った。
「すいません」
「謝らなくてもいいんだよ。実はね、僕も同じなんだ。どんなに困っても、実家には連絡出来ない事情を抱えてる」
くすっと小さく笑った東さんの言葉は、とても意外なものだった。
本当に温かくて、優しい人だから。彼は恵まれた環境で育ったのだと、勝手に思い込んでいたのに。
「東さん…」
「さて、とにかく病院が先だね。ちゃんと診てもらって、先のことはそれからだ」
「え?」
「コーヒー飲み終わった?」
「あ、はい」
「じゃあ行こうか。うちの出版社と契約してるクリニック、すぐそこだから」
言いながら立ち上がる東さんに、ぼくは慌てて首を振る。
「待ってください、そんな、ぼく」
「お金のことなら気にしなくていいよ。先のことは治療の後。ね?」
「そうじゃなくて、あの、お金のこともですけど」
「うん?」
「本当にあの、もういいんです。東さんに聞いてもらえて、それだけで」
十分だからと言い募るぼくに、東さんは珍しく厳しい表情を作る。
「君ね。自分がまだ未成年だってこと、わかってる?」
「でも…」
「ご実家に連絡されたくなかったら、黙ってついて来なさい」
立ち上がってコートを身に着けた東さんは、見たこともないくらい真剣な顔で、びくっと身を竦ませたぼくのことを見下ろしていた。
「今の君を放り出すくらいなら、僕はすぐにでもご家族に連絡するよ?君の履歴書、会社に戻ればまだあるはずだから。でもそんなことはしたくない。わかるね?」
いいからおいで、と再びケガをしていない腕を掴まれたぼくは、仕方なく立ち上がって東さんに従うしかなかった。
はじめて知った。東さんは見かけによらず、とても意志の強い人なのだと。