【南国荘U-A】 P:09


「息子と一緒に世話になってるんだよ。びっくりするような大きい家で、南国荘(ナンゴクソウ)っていう、近所でもちょっと有名な家」
「あの…奥様は一緒じゃないんですか?」

 いま息子と一緒って言ったよね。
 でも言った途端、自分があまりにも不躾なことを聞いたのだと気付いた。

「す、すいません、ぼく」
「奥さんは今、恋人と一緒にイタリアなんだよね」

 気にした風も無く、東さんはあっさりした口調で、とんでもない答えをくれた。

「え…?!」
「あはは、やっぱり驚くよね。ん〜、僕らには単純な話なんだけど、ちょっと複雑で。会社では内緒にしておいて?」

 お願い、なんて言われるけど、クビになったぼくがあの出版社に行くことなんか、もうないだろう。黙って頷くと、東さんが「ありがとう」って笑う。

「僕と奥さん、友達みたいな夫婦なんだ。だから彼女には恋人がいるし、僕にも大切な人がいる。僕らはお互い、世間で言うような夫婦じゃないけど、息子にとっての両親であるために、今も夫婦のままでいる、って感じかな」
「息子さん、いらっしゃるんですね」
「うん。奥さんの連れ子で、いま中学生。カッコいいんだよ」

 言いながら携帯を取り出した東さんは、画像を表示させてぼくに渡してくれる。小さな画面の中では、確かにすごくカッコいい少年が、明るく笑ってこっちを見ていた。
 中学生だという話だけど、大人っぽく見えて、テレビで見るアイドルの子みたいにカッコいい。自信に溢れている笑顔だ。
 ちょっとキツめの目元なのに、優しく見えるのはきっと、写真を撮ってるのが東さんだから。
 めちゃくちゃ楽しそうで。東さんのことを信頼しきってるってわかる。

 彼の顔を見て、なんとなく納得した。
 東さんの話には驚いたけど、彼ら家族にとってきっと、これが一番幸せな方法だったんだろう。
 世間でどう言われるかなんて、そんなのどうでもいいこと。自分たちが幸せなら、それが一番なんだから。
 家の外からどんなに整っているように見えていても、中身が崩壊しているなんてこと……よくある、話だ。

「本当にカッコいいんですね、息子さん」
「でしょ?でもね、学校ではモテるの?って聞いても、教えてくれないんだよね…あ、ここだよ」

 携帯を返しながら、一緒に電車を降りてホームに立つ。促されるまま改札へ歩く途中、東さんは楽しそうにその、いま住んでいるという南国荘の話をしていた。

「ほんとに南国!って感じの家でね。庭に観葉植物が溢れてるんだ。でも暑苦しい感じじゃないよ?今みたいな冬はとくに、見てるだけでも楽しくなってくる。その南国荘には、僕の友人とそのお母さん、彼のイトコが二人と、僕たち親子が住んでるんだけど。今日もう一人、増えるんだって」