【南国荘U-A】 P:10


「そんなに?」
「うん。そんなにたくさん人が住んでも、まだ部屋が余ってるような、大きな家なんだ。…だから、君も」
「え?」
「君もしばらく、一緒に住むといいよ」

 改札を出たところで、さらりと言われた言葉に、ぼくは今度こそ目を見開いた。

「待ってください、そんな…!」
「大丈夫。ちゃんと電話で話して、許可は取ってあるから。前から二宮くんの話はしていたし、どうかな?って聞いたら、一人も二人も変わらないし、そういう事情ならすぐに連れて来いって言ってくれたんだ。家の説明が一度で済む方が、ありがたいって」
「ダメです、そんな、これ以上ご迷惑かけられませんっ」
「二宮くん」
「ぼく自分で何とかしますから。だから…」
「自分でなんとかして、ネットカフェ?」

 東さんは笑みを納め、厳しい表情でぼくを見つめる。
 言われたのは当たり前のことで、ぼくは自分で何も出来なかったから、ここにいるんだって。わかってる。
 でも、本当にこれ以上、東さんに迷惑なんかかけられない。
 ぎゅうっと両手を握り締め、言葉を探すぼくの頭に、東さんはそっと柔らかく手を置いた。

「ねえ、二宮くん。生きていくために仕事をするのは、当然のことだ。お金が無きゃ生活できない。でもね、人間はそれだけじゃ生きていけないって、僕は思うんだよ」
「東さん、でも…」
「君の面接をしたときから、ずっと気になっていたことがあるんだ」
「………」
「どうして東京に出てきたの?君は何を望んで、一人も知り合いのいない大都会で生きようと思ったの」
「ぼく、は…」

 答える言葉が見つからないぼくは、あまりにも恥ずかしくて、下を向いてしまう。
 しばらくの間、黙っていた東さんは何気なく、とんっとぼくの背中を叩いて。小さな子供にでもするように、手を繋ぎながら歩き出した。
 柔らかく握られた手を振り払うのは、簡単なはずなのに。
 まばらだけど、周囲に人がいて恥ずかしいのに。
 でも東さんの手を、離せない。

「東京は厳しい街だよ」
「…はい」
「夢を持っている人でも、追いかけ続けることが出来ずに、帰ってしまうこともある。何も目的を持たず、心を支えあう友人もいなくて、君はこの先もやっていける?」

 歩きながら話す、厳しい東さんの言葉に唇を噛みしめていた。

 ぼくは何も考えずに東京へ出てきた。とにかく家から逃げ出したかったから。
 でもそう言って飛び込んだ東京で、何も探そうとせず、何も見つけようとしないで生きてきたんだ。こんなことじゃ……誰も振り向いてくれないのは、当たり前。