じわりと目のふちが熱くなっていく。零れ落ちようとするものを堪えるように、ぼくは東さんの手を握る。そうしたら東さんは、優しく笑って振り返った。
「嫌なことを言ってごめんね。僕も若い頃は、親しい友人を作ろうともしないで、身勝手に寂しがってばかりいた。だから今の君が気になって、仕方ないんだ」
「東さん…」
「ねえ、君には少し、落ち着いて自分のことを考える時間が必要なんだと思う。食べることにさえ窮して、住むところまで追われて…そんな状態じゃ、何も考えられないよね?」
再びぼくの手を引いて歩き出した東さんの背中を、ぼんやりと見つめていた。
東京に出てきて、誰かからこんなに優しくされたことがあっただろうか。それもやっぱり、ぼくが求めなかったせい?
「お金のことが気になるなら、君のケガが治ってから考えよう?幸い僕は、今のところお金に困ってないし、君に住むところを世話してあげられる」
「………」
「僕にはね、君が昔の自分と重なってしまって、放っておけないんだ。お節介かもしれないけど、今は僕に任せて」
「東さん…」
「ね?」
握られた手が、泣きたくなるくらいあったかくて。返事をするための声を出せないぼくは、ただ東さんの言葉に頷いていた。
「良かった。ほら、見えてきたよ。あそこが南国荘」
東さんの言葉どおり、道の向こう、あと何メートルって所に、門が見えて。そこからは溢れ出さんばかりの緑が、暗い中でも存在を主張している。
門のところには南国荘ではなく「KAZURA」って表札がかかっていた。
そこでようやく、繋いでいた手を解く。東さんが照れくさそうに笑ってた。
「ごめん、息子にも時々やっちゃって、子ども扱しないでよって怒られる」
「そんな…いいんです」
「ありがと。じゃあ行こうか」
東さんについて、門から庭の中へ入り、小さな道を歩いていく。向かう先には確かに、凄く大きなお屋敷が建っていた。
扉にたどり着く寸前、それは内側から開いて。背の高い男の人が一人、ぼくらが着くのをわかっていたかのように、迎えてくれる。
「蓮(レン)!ただいま!」
男の人を見つけた途端、東さんが走り出していた。
東さんを追いかけ、一緒にそばまで歩いていったぼくは、出てきた男の人を間近に見て、思わず立ち止まってしまう。
「おかえり、千歳」
「今日は急なお願いで、ごめんね」
「構わねえよ。気にすんな」
東さんに向けられていた優しい表情が、ぼくを見つけると急に、すうっと冷たく変わったように感じた。
ぞくっと背筋を走ったのは、恐怖なんだろうか。