「隣は千歳の部屋だから、何かあれば俺か千歳に、なんでも言えばいい」
「すいません…」
扉を開けたままにしているから、レンたちの会話が小さく聞こえてくる。
そっか、わかった。アオキにとってスイマセンはアリガトウと同じなんだね。
ボクは入った部屋にわくわくして、あちこちを見て回る。
奥のドアから向こうは、バスとトイレ。
ここだけが妙に真新しいけど、落ち着いた色合いの扉や壁の色だから、あまり違和感はない。
窓枠や壁の下のほう、古い木材が使われていて、触れるとすごく気持ちいい。置いてある家具は、どれもアンティークだ。
すごい!こんな素敵な部屋に住めるなんて、思ってもみなかった。レンと一緒に暮らせるだけでも幸せなのに。
これから日本で木造建築を学ぶボクにとって、この屋敷はどこもかしこも素晴らしいの一言に尽きる。さっきの階段、あれも後で写真に撮っておこう。ギリシャの友達に見せたらきっと羨ましがるよ。
「咲良」
開けっ放しにしていたドアから、レンが顔をのぞかせた。
「落ち着いたら降りて来い。メシの用意をしてあるから」
「ワカッタ…ねえレン」
「なんだ」
「ほんとうにアリガトウ、ボクがココに住んでもイイって言ってクレテ」
「…陣(ジン)さんの頼みだからな」
ジンを理由にしてるけど、本当にイヤならきっと断ったよね。だからボクは気にしないで、笑ってレンを見つめる。
「ステキな家ダネ」
「古くてデカいだけだ」
「ソコがスバラシイんだよ」
「お前にはな」
「レンはココで育ったの?チイサイ頃はどんなダッタ?教えてヨ」
ゆっくりレンのそばへ歩いていくけど、レンはそれを察して身体を引いてしまう。
「考えておく」
ボクの望んだ答えはくれずに、踵を返してしまった。ちょっと残念。
仕方なく鞄を置こうとしたボクは、自分が荷物を置くことさえ忘れていたんだと知って、思ったより浮かれている自分に、一人苦笑いを浮かべた。
とにかく鞄を置いて部屋にあるものを確かめ、ハンガーにコートをかけたり荷物を少し開いておく。
ボクが部屋を出たのはたぶん、レンが部屋を出て二十分くらい。
お腹すいたな〜と考えながら階段へ向かっていると、ホールでぼんやり立っているアオキに会った。
「アオキ、何シテルの?」
「あの…蓮さんに下へ来いって言われたんですけど…」
「うん、イコウよ」
「は、はい」
どうしたんだろう。行きたくないの?
戸惑っているように見えるアオキが、なにを躊躇うのかわからなくて、ボクまで立ち止まってしまう。
首をかしげてアオキを見ているとホールの右側の扉が開いて、少年が一人姿を現した。
「…どうかしたんですか?」
不思議そうに尋ねる少年。会ったことのない子だ。