少しの間、みんな黙って。それからわあっと笑い出した。キッチンに立ってるレンまでが、肩を震わせて笑ってるんだ。
「イイそれ。雷馳天才。それでいこうよ、さっくん」
「ほとんど原型、とどめてないじゃん」
「なんで?最初の字は合ってんだろ」
「でも、さっくんって…。咲良さんはいいの?イヤならイヤって言った方がいいよ」
「イヤじゃないヨ。ボクのコト、特別なヨビ方で呼んでクレルの、ウレシイ」
誰かが特別な名前で自分を呼ぶことは、相手の中にボクという存在が、どんなに小さくても何か、他の人とは違う認識をされている、ということだよね。
「トラオミもそうヨンデよ」
「無理!そんなのオレ、呼ぶたびに笑っちゃうよきっと!」
首を振って嫌がるけど、トラオミは笑って言った。
楽しい会食は、レイシとトラオミのおかげで笑い声が絶えない。でもその間、レンは休む間もなくキッチンで動いてるんだ。
ジンが自分のことみたいに自慢していたレンの料理は、本当にどれも美味しい。
美味しいだけじゃなくて、見た目も美しいんだよ。お店で食べるみたいに、豊かな色彩で飾られた皿が、次々に出てくる。
でもレンは食べないのかな?美味しい料理を作ってくれるのは嬉しいけど、せっかくならもっとレンと話したい。
「レンは座らないの?」
キッチンに向かって声をかけたボクに、背中越しのままレンは「もう終わる」って返してくれた。
「気にすることないよ、さっくん。あの人のアレ、もう性なんだから」
「サガ?」
レイシの言葉がうまく掴めなくて、聞き返す。なんだろう。知らない日本語。サガ?
「ん〜…なんていうのかな。性格っていうんじゃなくて、生まれ持った性分って言うか、使命感って言うか…わかんない?」
「ちょっとムズカシイ」
「なんて言おう…ニュアンスが難しいな」
レイシだけじゃなく、みんな上手く表現できなくて困ってる。
そのとき、チトセの隣でおもむろに携帯電話を取り出したトラオミが、何かの操作をしながら口を開いた。
「生まれつきの性質、性格。また持って生まれた運命、宿命。 いつもそうであること。ならわしや、習慣だって」
「それ携帯の辞書?現代っ子だなあトラは」
「何で?フツーだよ、これくらい」
ああ、なんとなくわかってきた。
レンはいつもやってるから放っておけなくて、それは彼が生まれたときから、疑問にも思わずにやってきたこと。って、そういう意味なんだ。
「アリガト、トラオミ」
「どういたしまして」
にやりと笑ったトラオミの目は、ちょっと自慢げな、でも優しい光を浮かべている。
さっきチトセとは血の繋がらない親子だって聞いたけど、二人は本当に仲がいい。