【南国荘U-B】 P:10


「咲良さんには悪いと思うけど、可能性なんかゼロだよ。あの人がどんなに執拗で、執念深くて、鬱陶しいくらい千歳さんのことばっかり考えてるか。千歳さんが一番、よく知ってるじゃん」
「そうなのよねえ…」

 ずっと困った顔をしていたヨウコさんが、ため息を吐いてトラオミに同意した。

「蓮ちゃんとちーちゃん、まだまだ新婚さんだもの。さくらちゃんじゃなくても、間に入れるとは思えないわねえ」
「え…シンコン?」
「そうなのよ、さくらちゃん。ごめんなさいね。うちの息子、もうちーちゃんにあげちゃったの」
「榕子さんっ」

 青い顔をしてうな垂れていたチトセが、今度は顔を真っ赤にしてる。くるくる表情がかわるんだね。
 でもそれより、新婚?……このチトセと、レンが?

「も、もう僕の話はいいですからっ」
「ヨクないヨ。チトセとレン、ケッコンしてるの?でもトラオミはチトセの子供で、オクサンはイタリア。さっきソウ言ったヨネ?」
「そうだよ。オレの両親は千歳さんと、イタリアにいる理子(リコ)。でも千歳さんの旦那さんは蓮さん。ややこしいけど、そういうことなんだ」

 トラオミに言われて、千歳は恥ずかしそうに手で顔を覆い、下を向いてしまった。
 ボクは信じられなくてレンを見つめる。
 彼はトラオミの言葉を否定せず、肩を竦めて「そういうことだな」と呟いた。

「ウソだよソンナ…マサカ」
「さっくん、蓮さんに恋人がいるって、全然考えてなかったの?」
「…ソンナことはナイけど」

 誰からも見ても魅力的なレン。写真一枚でボクを魅了し、会った途端に欲しいと思わせた彼だから。相手がいることは、考えないわけでもなかった。
 だから、恋人がいるということに、さほど驚きはないんだけど。でもそれがこの、チトセだということが信じられない。

「イエに帰ってキテ、ハグもキスもシナイのに、コイビト?ダイニングでもトナリに座らナイのに?」

 キッチンにいるレンのために空けられている椅子は、ヨウコさんの隣。チトセとは対角線に向かい側だ。
 それにボクが南国荘に着いてから、二人が寄り添う姿なんて、一度も見ていない。
 どうしても納得できないボクに、レイシが肩を竦めて見せる。

「それは文化の差でしょ。普通の夫婦だって、他人の前でベタベタしたりしないよ」
「…ソウイウもの?」
「されても困るし」

 苦笑いのトラオミ。ボクを見つめて、溜息を吐いた。

「オレの母親、理子は結婚せずにオレを生んだあと、千歳さんに会ったんだ。二人は別に恋愛したわけじゃないけど、オレが小さい頃、千歳さんに『お父さんになって』ってせがんで、結婚してもらった」
「トラオミ…」