すごくほっとしてしまって、ぼくは慌てて彼の背中を追い、キッチンへ向かった。
本当に、なんて馬鹿なことを言ってしまったんだろう。
咲良さんや蓮さん、東さんが誰をどう思っていたって、ぼくには何を言う権利もないのに。
……わかってる。ぼくは自分の嫌な過去に、彼らの事情を混同してしまったんだ。
おかしい、なんて。馬鹿なこと言うんじゃなかった。
蓮さんじゃなくても怒るのは当たり前。
きっと東さんも咲良さんも、すごく嫌な気持ちになったはずだ。
先にキッチンへ来ていた蓮さんが、何も言わずお酒を持って、ダイニングへ戻っていってしまう。すれ違う彼にぼくは、もう一度謝ることさえできなかった。
謝ったからって、許されることじゃないだろう。東さんはぼくがここに住みたくなくなったんじゃないかと、気にしてくれていたけど。彼らの方こそぼくを連れてきたこと、後悔しているに違いない。
仕事もお金もない、その上ケガまでしているぼくを、助けてくれたのに。
どうしてぼくは、人を不快にさせることしか出来ないんだ。
「二宮さん、何飲む?けっこう何でもあるんだよ」
気まずくさせてしまった食卓から、ぼくを連れ出してくれた虎臣くん。東さんの息子なのに、彼はちゃんと、お父さんの事情を受け入れてる。中学生の彼はぼくなんかより、ずっと大人だ。
「…適当に切り上げて、部屋に帰っちゃおうね」
冷蔵庫を覗きながら、虎臣くんは小声で呟いた。
「あの人たちホント、飲み始めたらいつまでも止まらないんだ。こっちは素面なのに、付き合ってられないよ。二宮さんも、最後まで付き合うことないからね」
「う、うん。あの…ごめんね、さっき…」
大事なお父さんを責めるようなこと言ってしまったぼくに、彼は助けるための言葉をくれた。
誰が誰を好きかなんて、ぼくが口出しするようなことじゃない。お前が意見するなって、怒った蓮さんと目が合ったとき、身体が竦みあがってしまった。
でもそんなぼくを、虎臣くんはやんわり庇ってくれたんだ。
ジンジャエールでいい?と尋ねながら、ビンを二本取り出して。冷蔵庫を閉めた虎臣くんが、笑みを浮かべる。
「驚くのがフツーだよ。いきなり連れて来られたら精霊つきの家で、ギリシャ人や双子モドキと同居で、しかも頼りの千歳さんには嫁も旦那もいるなんて。二宮さんじゃなくても驚いて当たり前」
「虎臣くん…」
「でもさ、ホントは嫌なの?オレ、驚いたんでしょって勝手に言っちゃったけど…ああいう、同じ男を好きになるとかって、考えられない?」