きっとそんなことは、言われ慣れていると思うけど。
でも彼は、にこりと微笑んだ。
「嬉しいな、ありがと」
「…え?」
ありがとって、ぼくに?
人から礼を言われるなんて、ほとんどないのに。びっくりして、思わず目を逸らしてしまった。
だって彼は、本当に嬉しそうに笑っていたんだ。その言葉を、疑う余地もないくらい。
戸惑ってぎくしゃくしながら、紅茶を注ぎ分ける。ポットを置いたぼくがおろおろ後ろに下がると、虎臣くんは気にした風もなく、カップとサンドイッチの皿をトレイに並べて、榕子さんの座っているリビングへ歩いていった。
「お待たせ〜!お茶の時間で〜す」
「は〜い」
落ち着かなくて、使った道具を先に洗ってしまう。蓮さんが置いていたように、出来るだけ位置が変わらないように。
それらを並べてから二人の元へ近づいて行くと、榕子さんが笑顔でぼくを振り返った。
「とても美味しいわ。あーちゃん、ありがとう」
「あ、あの、ぼく」
「二宮さん座って座って、イチゴの残しといたから」
「う、うん」
また、榕子さんまで。
どうしてぼくなんかに、ありがとうって言葉をくれるんだろう。
大したことはしていない。ほんの僅か、何も出来ないなりに、紅茶を淹れただけだ。
なのに、こんな。
この人たちは、どうして。
虎臣くんの隣に座り、言葉に窮しながらサンドイッチを手にする。
ぼくのために、苺を残したのだと言ってくれた。そう言うならきっと、虎臣くんはこれが一番好きなんだろう。でも、ぼくに食べさせようと、手をつけなかったんだ。
自分のためにと残された、苺のフルーツサンドを食べてみた。ぼくも虎臣くんと同じように、パンとクリームという組み合わせに違和感があって、食べたことがなかった。
でも食べてみたら、塩気のあるパンと優しい甘さのクリームが馴染んでいて、甘酸っぱい苺を引き立てる。
蓮さんの作ってくれるものはみんな美味しいけど、このフルーツサンドには意外な驚きがあって、他のもの以上に美味しく感じたんだ。
ふと視線を上げたら、虎臣くんが嬉しそうにぼくを見ていた。
「イチゴ、美味しい?」
「うん」
「良かった。二宮さん、好きそうだなって思ってたんだ」
「え…ぼく?」
「根拠はないけどね」
くすっと笑った虎臣くんの言葉に驚いて、手元のサンドイッチに視線を落とす。
何かの選択を迫られたとき、残ったものを受け取るのが、当たり前だと思っていた。いつも最後にされて、でもそれが当然だと思っていた。